Side:視聴者A
私っ、中川有栖25歳!
大学を卒業した後に上京して、都内で営業みたいな仕事してる普通の限界社畜!
あああああああ"働きたくな"い"い"!!
毎日そんな鳴き声をあげる私には趣味がある! それはマイナーVの配信を見ること!
はいここ重要。
普通のVじゃなくて、マイナーってとこ。
もちろん全員がそうとは言わないけど、有名な配信者ってなんかこう、DV男みたいじゃない? 分かるかな?
発言の大半が悪口で、いっつも他人を見下してるの。でも稀にプラスな発言するのよ。それが積み重ねたマイナスを吸収して、超絶プラスに見えちゃうわけ。
マイナスじゃん!!
普段からプラスを積み重ねてる人の方が絶対いいじゃん! って思うわけ! 私は!!
癒しが欲しいのぉおおお!
刺激はいらない! 温もりをくれ!
というわけでマイナー配信者が好きです。
特に「趣味で楽しくやってます」みたいな人が好みです。欲を言えば声が良いと最高です。
ただまあ、推しが見つからないのよね。
この人いいなって思っても配信やめちゃったり、時間が合わなかったり、なんかもう壁が多過ぎるわけ。
だからきっと運命なのよ。
あの日、イッくんと出会ったことがね!
「アリスさん、かな? 初めまして」
これが彼の第一声。
文字に起こすと普通だね。
でも違うの。ヤバいの。
ほんとビックリした。耳が妊娠するかと思った。
空気に包まれるって表現すればいいのかな?
とにかく潤った。しわしわの限界社畜がぴちぴちぴっちでメロディ奏でちゃった。
しかも彼、毎日決まった時間に配信してくれるのよ。
何故かスパチャオフだけど、オンにしてくれたら、多分毎日赤スパしちゃう。それくらい好き。比喩ではなく生きる理由だと思ってる。
叶うことなら彼を独占したい。
でも……やっぱり日に日に視聴者数が増えるのよね。
私が見つけた時は一桁が当たり前だったのに、最近では五十人くらいになってる。そのうち三桁が当たり前になって、いつか四桁の大台に届くかもしれない。
視聴者が増えるとコメントの量も増えるわけで……もちろん推しが評価されるのは嬉しいよ? でもやっぱり寂しさもあるよね……と、そんなことを思い始めた頃、事件が起きた。配信の切り忘れである。
正直に言うと、私はイッくんを社会人だと思っていた。
だって落ち着いてるし? 3Dモデルのクオリティも高いから本職なのかなって。
だけど彼の正体は高校生だった。
……は? 反則か? この声で未成年とか? 何人逮捕させるつもりだ?
ほんとビックリした。
でも本番は翌日だった。
そう、まさかの身バレである。
「スパチャの内容ですか? 確か、君は本当に面白い女性だね、という一言でした。これは、どういう意味なのでしょうか?」
しかも相手はバチバチで同業者だった。
は~、嫉妬で気が狂いそう。毎日イッくんの生声で「おもしれ―女」が聞けるとかズルいズルいズルいズルいズルいズルいぃぃぃぃいい!
ともあれ、イッくんからの相談なんて初めてだ。
私は考え過ぎて一度もコメントできなかったけれど……次の日は結果が気になって仕事が手に付かなかった。
推しには笑顔で生きて欲しい。
だから──今日の配信は、少し怖かった。
「こんばんは。皆さん、今日はどんな一日でしたか?」
第一声は親の声よりも聴いたテンプレート。
ただ、その声からは普段よりも明るい印象を受けた。
「僕は、とても良い一日でした」
私が予感した通り、続く言葉は明るい内容だった。
「皆には感謝してます。背中を押してくれて、ありがとうございました」
私はパソコンの前で拍手をした。
「結果だけ言うと、友達ができました」
涙ぽろぽろ鼻水ズビズビ。
よがっだねぇ、と一人で呟く。
「明日、学校に行くのが楽しみです」
彼の嬉しそうな言葉に応じて、祝福のコメントが沢山流れる。
私も便乗して「おめでとう!」というコメントを送信した。
だから、
この時、私はまだ気が付いていなかった。
きっと私だけではない。他の視聴者も想像すらできなかったはずだ。
いやもうほんと、誰に想像できるだろうか?
心のオアシスだったイッくんの配信が、まさか現役高校生の恋愛模様を見守る時間になるなんて……。






