1-3 ナツキの下半身の再生
村の火事が落ち着いてきたようだ。それに伴い、森も暗くなってきた。繁華街の夜と比べると、森の夜の闇は恐怖を感じる。
「結構暗くなりましたね」
「街の消火活動が進んだようですね。おそらく、ゴブリン達が帰ったんだと思います。彼らは午後8時になると帰っていくんです。
ゴブリンキングが通達を出しているらしいのです。8時以降、働くのをやめ、家族と過ごせと」
なんだよそれ。ゴブリン達はホワイト企業か? 俺のところは、エンジンがかかり始める時間だったよ。
「ただ、成果が出てないゴブリンは、ホブゴブリンに詰められるそうです。そのため、8時以降も、彼らは炎を使わず、暗闇の中で、襲撃を続けていることがあります。なので、油断はできません」
早く帰れと言うが、仕事量は変わらないということか? 形式上帰宅した事にして、残業するようなものか? 結局、ホワイトのポーズだけのようだ。
そういえば、ナツキさん、さっきから落ち着かない様子。身体を少しクネクネさせている。
トイレでも我慢しているのか? いや、下半身ないから膀胱なくない? 一応、声をかけてみよう。
「どうかしましたか? 何か気になることでもありますか? ゴブリンが近くにいそうとか」
「いえ、大丈夫です……気にしないでください……」
彼女は、やや自信なさげに答えた。
モゾモゾしているナツキさんは、地面に置かれたままの鑑定魔法紙をゆっくりと拾い、丁寧に折り畳む。そして、ポーチに入れようとした。しかし、上半身だけの彼女は、バランスをとるのが大変のようだ。紙をポーチに入れようとするが、手こずっている。
腰の切断面で立つのは難しいのか? 俺が身体を支えた方がいいのかな? そう考えていると、
「グヘェ」
彼女はバランスを崩して前に倒れてしまった。直接、顔面からいった。痛そう……
「大丈夫ですか?」
俺がそう言うや否や、
――グチャグチャグチャ
音を立てながら、切断面が再生し始めた。
「えっ!?」
――グギュルルル
切断面の赤身の肉らしきものがボコボコと盛り上がり続ける。一部は、再生が完了したのか、皮膚の色となる。これがゾンビ女ナツキさんの再生か……生々しい……
お尻の半分まで一気に再生が進んだ。しかし、その下は肉片だ。目を背けたくなる。
「キャア」
ナツキさんは慌てて、お尻を手で隠した。そしてゆっくりと、もう片方の手で身体を起こす。
ナツキさんの綺麗な半ケツを見てしまった。それとその下のグロい再生面も……ラッキースケベだけど、なんか違う。俺の望んでいたものとなんか違う。
起き上がったナツキさんは、恥ずかしいのか、下を向いたままだ。顔が真っ赤っかになっている。
ここはどうフォローすればいいんだ? 見てなかったフリをすればいいのか? 俺は出来るだけ知恵を振り絞った。しかし、
「大丈夫ですか?」
と、俺は月並みの言葉しか出せなかった。まあ、何も言わないよりはいいだろう。
「大丈夫です……」
と、ナツキさんは、顔を赤くしたまま、下を向いて答える。そして、彼女は、上半身の服を手で下に伸ばし、少しだけ再生した下半身の前を必死に隠そうとする。
彼シャツを着て、シャツを伸ばしてパンツを隠す動作に似ている。ナツキさん、美人だし、なんか可愛いんだけど、なんか違う。
「いや、ぶつけた顔の方ですが」
「あ……だ、大丈夫です……」
どうやら、服のことだと勘違いしたようだ。
「実は、今まで再生を我慢していて。倒れたことで……再生が行われてしまって……なんとか、今、再生を耐えているのですが……」
今のって、倒れた衝撃で漏れちゃったみたいな感じなの? 下を向いているナツキさんは、全身がプルプルしている。再生を耐えるのってそんなに大変なのか?
「残りも再生したいので……す、すみませんが、その辺の草むらまで連れて行ってもらえませんか? できたら、そのあと離れたところに、いてもらえると……」
裸になった下半身を男に見られるのは恥ずかしいよな。
俺は、後ろからナツキさんを持ち上げようとする。
「ゆっくり、ゆっくりでお願いします……」
俺は、慎重にナツキさんを持ち上げる。
か、軽い。当たり前か。下半身ないからな……
俺はナツキさんを草むらに慎重に置く。ナツキさんから大丈夫だというサインを受け取ると、俺はそこから少し離れて、体育座りをした。そして、反対側の星空を眺めつつ、今後について考える。
さあ、どうするか。
女神は魔王軍と戦って、ユニバースを救えと言ったが、そもそも小学生並みの能力で戦える訳ねえだろ!
女神さんよお、普通は能力が低いなりに、チュートリアルから、手取り足取り面倒をみるんじゃないの?
ああ、チートはないし、食事もない。泊まるところもない。
最優先課題は、生き抜くこと。
まず、生活基盤を整える。
生活が安定したら、レベルを上げて、仲間増やして。
そこからだな、魔王軍と戦うのは。
そして、冒険では、チートを身につけ、ハーレムを形成し、今世こそ、俺はリア充になる!
……と思いたいが、あの女神といい、先行き、不安だ……
しかし、今日は本当に疲れた。いろいろありすぎだろ。頭打って死んで、異世界に飛ばされて、ゴブリンに襲われて、ゾンビ女子を救い出し、森の中に逃げ込み、チートなしが判明し……
――グチャグチャグチャ、グギュルルル
どうやら、ナツキさんの再生が始まったようだ……生々しい音が聞こえる……
「ふぅー」
トイレを我慢した後、安心し切った時のような感じで、ナツキさんは息をつく。声は少し色っぽい。
そのあとも、時々、生々しい再生音が聞こえた。
――ビリビリビリビリッ
あっ、服を破っている。そうだよね。下半身何もないってダメだよね。
暫く、服が破れる音が続く。さっき、ポーチの中にナイフが見えたので、それで切って、簡易的な服でも作っているのだろうか?
音が聞こえなくなった。服は出来上がったのだろうか。
「虫とりさん?」
後ろから声がする。
ナツキさんは、俺の後ろから覗き込むように、その長い髪を垂らして、
「虫とりさん、お待たせしました!」
と俺に笑顔を向ける。
彼女の全身を見た。
やばい。それ、水着というか、布切れつけてるだけ……のような。ちょっと見えそう。しかも、ナツキさん、ゾンビなのに肌が綺麗。胸も結構あって布からハミ出そう。あと、足も細くて長い。
こんな子と一緒に夜を過ごす?
俺のハーレム第一幕が始まったのか?
ゾンビ? 気にしないね。肌が少し白い以外、人間と変わらない。
こんな美女が隣にいて、今夜は冷静でいられるのか!?
いやいや、待て待て。
そう言えば、締切に追われず、電話越しの客の怒号に怯えない夜は超久しぶりだ!
ヒャッホウ!!!!
この解放感と心の安息を今夜は十分に堪能しよう!
【残業削減のための一斉消灯(ざんぎょうさくげんのためのいっせいしょうとう)】
働き方改革や節電もあり、IT業界に限らず、2010年代は、夜のある時刻になると、消灯する企業が多くなりました。電気代の削減や、仕事がないけど上司が残っているから帰りづらい人(筆者の新人の頃)の残業の削減などメリットはありますが、仕事量が変わらないため、結局手元の灯りだけで残業することになる人が多数だったと思います。仕事量が多く、働いている人ほど損するこの方策に、なにかモヤモヤを感じた人も多かったと思います。
物語では、ゴブリン達は、8時以降働くことをやめるように慈悲深いトップから言われていますが、上司からのきついノルマのため、火を消して襲撃します。