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1-2 勇者の鑑定結果

 彼女は上半身だけの身体を起こすと、片手でパンパンと土を落とした。

 そして、切断されたプリーストらしき服を見て、何かぶつぶつ言っている。

 胴体が切断されているのに、意外と彼女は冷静に見える。


「大丈夫ですか?」


 何を言ってるのだ! 身体が真っ二つに分かれているのだ。大丈夫なわけないだろうが。


 だが、その冷静な態度からそのように言ってしまった。


「大丈夫です」


 えっ、大丈夫なの!?


「あのー、すみません、私を抱えて、どこかへ連れて行ってもらえませんか? 上半身だけでも構いませんので」


 彼女は上目遣いで俺にお願いした。


 周りを見回してみる。炎が差し迫っている。さっきのゴブリン達、再び来るかもしれない。


 何もかもわからない。ここの世界は、胴体が真っ二つでも平気なの? 魔法によって回復できる?


 だが、俺は、彼女を見捨てることなどできない。


 彼女を抱えた。

 少し臓器が垂れ下がる。

 しかし、血は少ししか出ていない。この現象も異世界だからか?


 俺はゴブリンが去った方とは逆方向に走り始めた。


 追っ手がいないか、後ろを確認する。


「うぇっっ!?」


 変な声を出してしまった。なぜなら、彼女の下半身が炎の中をスタスタと歩いてるのが見えたからだ。


「前を見てて、もらえますか?」


 彼女の上半身が、そう言って指を差した。


「そこを右に曲がり、そこから、まっすぐ進んでください。森へ抜ける裏口を知ってます。一旦、森へ避難しましょう」


 上半身の言う通りにする。


 死んだ時はスーツと革靴だった。そのためか、走りづらい。

 彼女は落ちないよう、俺の体をしっかり抱擁している。


 ひたすら走る……


 ああ……前世も含め、人生最初に抱擁してくれた女性は、下半身がない内臓むき出しの女性でした……



 彼女の言う通りに走って、村から外れて、森の中に入る。


「もう大丈夫でしょうか」


 俺は走るのをやめて、彼女を地面に下ろし、マジマジと見た。

 センター分けされ、胸まで伸びた長い髪が綺麗で、透き通る色白の肌。黒い瞳の睫毛の長い目に、清楚さを感じる薄い唇。結構、美人である。


 が、臭いがする。あえて言えば、夏場捨て忘れ、数日経った生ゴミの……腐った感じの臭いが……


「ありがとうございました。連れて行ってくれなければ、炎に巻き込まれているところでした」


 彼女は、両腕で立ち、丁寧に頭を下げた。


「名前はナツキと申します。なんとなく、わかるかもしれないですが……アンデット族ゾンビです」


 ゾンビィ!? しかも自ら紹介。確かに、臭いがする。でも、肌は普通だし、外見や言動は、そうは見えない。

 いや、普通じゃないところがある……


「ゾンビだから、下半身がなくなっても平気なんですか?」


「あっ、はい、そのうち再生されます」


 えっ、再生されるの? ゾンビだから?


「差し支えなければ、お名前を伺っても?」


 うん、ゾンビなのになんか礼儀正しい。


「ええーと、名前は……」


 そういえば、名前? なんだっけ。思い出せない。前世の記憶が抜け落ちた?


「名前は……思い出せないです。実は……少し前に転生したばかりで……」

「そうなんですね」


 驚いてないようだ。よくあることなのか。


「それならば、鑑定の魔法紙を使いますね」


 ナツキさんは折り込まれた紙をポーチから取り出す。名前から察するに鑑定魔法を発動する紙だろうか。紙を広げ、俺に向ける。


 異世界といったら、俺TUEEEチート。

 初めての鑑定で、チート能力が判明するとかあるんだよなあ。

 どんなチート?

 ワクワクするなあ。


「どうです?」


 彼女は、困った表情をしていた。そして、鑑定魔法紙を俺に見えるよう、地面に置く。


ステータス

   名前:

   種族:標準人

   職業:虫とり

   Lv:1

   筋力:E

   体力:F

   耐久力:F

   敏捷性:F

   魔法知力:E

   魔力:E

   スキル:魔導線

   称号:なし


「……これ、結構ひどいですね。全てEかF。こっちの男子小学生ぐらい。そもそも職業『虫とり』って、何なんですか?」


 ああ、やっぱりか。あの女神から、なんかそんな予感してたよ。能力の説明がなかったし。

 それと、ちょっと口調強くなってません? ナツキさん。一応、助けたんですけど。


 いや、ちょっと待て。


「こっちの小学生って、ナツキさん、異世界転生されたのですか? 確か、ビッグバンユニバースからの」


 彼女はハッとした表情を見せる。そして、少し考えてから、


「……はい。向こうでは大学生だったのですが、いきなりこっちに来てから、すぐに死んでしまい……ゾンビになってしまいました。

 前世というより、死なずにそのまま来た感じです。

 やはり名前はないですね。『虫とりさん』って呼んでいいですか?」


 何もないのはやりづらいし、職業名で呼ぶことは、よくあるらしい。


「それでお願いします」


 鑑定魔法紙をもう一度見直す。このスキル『魔導線』ってなんだろう。まあ、低ステータスのスキルだ。どうせ、大したスキルじゃないだろう。


 上半身だけのナツキさんは、地面に置いた鑑定魔法紙をまだじーっと見ている。何か気になることでもあるのだろうか?


「あっ、だからか」

「どうしました?」

「虫とりさんが危害を加えられなかった理由がわかりました」

「なぜです?」

「ゴブリン達は、ステータスの低い人を見逃します。普通は、子供やお年寄りの方なんですけど、虫とりさんもそうであったと思います」


 俺って、一応、成人男性ですけど……

 しかも、ゴブリンに哀れみの目で見られたんですけど……

 それぐらい低ステということですか?


「ステータスの低い人は、魔王軍の成果として換算できないらしくて」


 つまり、雑魚すぎて、殺しても意味がないから、見逃されたと?


「そう言えば、写真? を撮っていましたが」

「写真ですか? うーん、確か噂では、魔王軍は管理が厳格だと聞きます。魔王軍配下のゴブリン達は、襲撃した証拠を求められるらしいです。確か、『証跡しょうせき』と言っていたような。写真は、そのために使用されると思います」


 なんだよそれ。

 ゴブリン達がサボってないか、監視するってこと?


「ゴブリン達、メモも取ってましたが、それも『証跡しょうせき』の一つなんですか?」

「恐らくそうだと思います。魔王軍が自分たちの分析に使うそうです」

「分析?」


 魔物らを支配する魔王軍らしからぬ言葉。


「はい。魔王軍は自分たちがやったことの『振り返り』を行うらしいです。なんか、継続する点と改善する点の洗い出しをして、次回に活かそうとするらしくて」


 この世界の魔王軍は、企業みたい。なんかしっかりしてない? それだから、人間が負けてるの?


【証跡(しょうせき)】

 IT業界では、『プログラムのテスト結果の証拠となる記録』や『システムのリリースやメンテナンスで行った作業の記録』などを指します。エビデンスとも言います。


 証跡としてよく使用されるのは、作業画面の『スクリーンショット(プリントスクリーン)』です。スクリーンショットした画像を表計算ソフトExcelに貼り付けたりします。Excelに貼り付ける方法は、『エクセルスクショ』と呼ばれ、一つ一つの操作後、その結果をスクリーンショットし、エクセルに貼り付けます。地味で面倒臭い手作業です。


 Seleniumなどの自動テストツールで自動的に証跡を作成する方法もありますが、頻繁にリリースすることがないシステムは、テスト自動化の費用対効果が悪いため、現在でも手作業が多いです。


 物語では、ゴブリン達は『ナツキを倒したこと』『建物を燃やしたこと』の証跡として、その写真を撮りました。



【作業者・確認者(さぎょうしゃ・かくにんしゃ)】

 IT業界では、システムのリリースやメンテナンスを手動で行う場合、二人以上で作業を行うことが推奨されます。作業者に加え、その操作を逐次確認する確認者を追加することで、作業ミスを減らします。


 物語では、ゴブリン達が二人で襲撃業務を行なっています。一人のゴブリンが、ナツキの方がステータスが低いと勘違いし、主人公を殺そうとします。しかし、もう一方はそれが誤りであることを指摘します。結果、主人公は見逃されます。このように、二人で作業することでミスを減らすことができます。



【KPT法(けぷとほう)】

 KPT法とは、業務やプロジェクトの『振り返り』を実施することで、『継続すべきこと(Keep)』『課題(Problem)』を洗い出し、業務の改善や課題の解決の『試み(Try)』を行なうフレームワークのことです。アジャイルソフトウェア開発(設計からリリースまでの工程を繰り返し、顧客の声を聴きながら改良する開発方法)で有名なAlistair Cockburn氏が提唱した内容をベースに考えられた方法です。アジャイルソフトウェア開発手法の一つであるスクラムの『振り返り(レトロスペクティブ)』として使用されます[1]。


 物語では、魔王軍がKPT法を採用しています。



[参考文献]

[1]: 一般社団法人ソフトウェア協会. (2021). "アジャイル開発”.

https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000754293.pdf


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