1-1 転送先
女神に転送されている。
転送時に眩い火花が散り、一瞬辺りを照らした。しかし、今は闇の中にいる。
奥に僅かな光が見える。
その光はどんどん近くなる。
俺はその光に引き寄せられる。
そして、俺は光の中にスーッと入った。
その光は眩しいが、熱かった。
そう、その光は炎の光だった。
眩しかった炎の光に段々と目が慣れてくる。周りには、パチパチと音がする木造の建物が並んでいる。ようやく俺は状況を理解した。
炎上している!!
なんで女神は炎上中のところに送り込んだんだよ! 最初なんだから、静かなところに送ってくれよ!
少し冷静になり、周りを見回してみる。どうやら、村の路地に転送されたようだ。周囲の見窄らしい建物が音をたてながら燃えている。
火事なのか? 何処からか喧騒が聞こえてくる。
――シュッ
俺の目の前に、炎のついた矢が飛んできた。
ひぃっっ、何かから攻められてるのか? 早速、ピンチか? 早くここから逃げなければ。
矢が放たれた方向を見る。
火の粉を避けながら村人らしき人達が逃げ回っている。
炎に照らされた緑肌の人が矢を放っている。
「おお、あれはゴブリンだ! 本当に異世界に来たんだ!」
本物のゴブリンを直に見て、ほんのひととき感動した。が、今は、そんな余裕なんてない。命が大切。
そもそも、自分にチートがあるのか不明だ。
俺の過去の経験上、あの女神、どうも胡散臭くて信用できない。
ひとまず、ここから離れて、様子を見ないと。
俺は、ゴブリンに見つかってしまわないよう、炎を避けて、建物に沿いながら逃げる。
――ドンッ!
炎上している小屋から、急に出てきた若い女性とぶつかった。
「いってぇ」
ぶつけた頭を押さえて、倒れた彼女を見る。
食パンを咥えてはいないが、美人のようだ。
おおっ、ここから、恋が始まるのか?
と思って、周りを見る。
倒れたとき気づかなかったが、ゴブリン二人が、俺たちに剣を向けていた。
ええっ、ここで、人生が終わるのか?
ゴブリン二人は、剣を向けたまま、俺たちに小さな紙を向けてきた。
その紙は小さく光る。見たところ、その紙で俺たちを鑑定しているようだ。
「キキョ、キャキョカキュ……」
ゴブリン達は、何やら、相談している。何を言っているのかわからない。俺たちを奴隷にでもするのか?
両膝をつき、立っている俺たちは、それぞれ剣を向けられていて、両方の手を上げている。迂闊には動けない。
相談が終わると、俺の目の前のゴブリンが、剣を上げた。周囲の焔光が剣に反射する。明らかに俺の首を切る動作に入る。
ちょちょちょちょ、ちょっと待って!
おおおお、おかしくない? 俺、勇者だよ。
しかも、さっき指名されたばかりの。
こんなところで死ぬなんて有り得ないだろ?
新米勇者なのに炎上の中に放り込まれ、すぐに殺されるなんてあり得なくない?
新人だったのに炎上案件に放り込まれて、死にかけた俺が言うのもなんだけど。
でも、おかしくない? ねぇ、女神様?
俺は懇願と絶望が入り混じった涙目でゴブリンを見上げる。すると、
「キッキャ! キキョッ!」
もう一方のゴブリンが、慌てた様子で、俺の目の前のゴブリンを静止した。その静止に、目の前のゴブリンは、上げた剣を下げ、再度俺に突きつける。
あれ? もう一方のゴブリンはいい奴なのか? もしかして俺たちを見逃してくれる?
俺はそう淡い期待を抱きつつ、ホッとして、視線を落とした、次の瞬間、
――ズシャッ
と鈍い音がした。不意に、もう一方のゴブリンが、彼女に剣を横に振ったのだ。
彼女の身体は、腰から上半身と下半身、真っ二つになった。
「うぁあー!」
ええっ、もう俺の異世界人生終わり?
今から、この子と恋が始まる展開は?
ちきしょーーー!!
あの女神め、クソみたいな所に転送しやがってーーー!!
目をつぶり、覚悟を決めた。全身の神経が湧き立つ。
…………しばらく経った。なにもない。
恐る恐る、ゆっくりと、目を開く。
相変わらず、目の前にゴブリンがいる。
よく見ると、ゴブリンは思ったより人に近い。小さな角に緑肌、そして、やや小柄なこと以外は、防具を着た普通の30代の男性のようだ。
そのためか、その表情はよくわかる。
……ゴブリンは、哀れんでいる……俺を見ていて、明らかに哀れみの目を向けている……
少しして、ゴブリンは身体が真っ二つになった彼女の方に目を向ける。
ゴブリンはバッグから小さな箱を取り出した。それを顔に近づけて、もう動かない彼女に向ける。
――パシャッ
箱が光る。写真なのか?
もう一方のゴブリンは、なにやらメモを取っている……
ゴブリン達は、燃えさかる建物の写真も撮ると、何処かに行ってしまった……
「助かった……のか?」
俺は、恐る恐る、真っ二つになった彼女に近づく。
無残にも分断された彼女の肢体は、メラメラと燃え盛る炎の光に照らされていた。切断面がグロい。
「ど、どうすればいいんだ……」
そう呟くと、それに反応したかのように、彼女の手が少し動き始めた。そして、
「よいしょっと」
彼女は掛け声と共に、上半身だけの身体を起こした。
えっ! 生きている?
【システム開発の炎上(しすてむかいはつのえんじょう)】
SNSなどで、批判などのネガティブな投稿が集中することを炎上と言いますが、システム開発では、バグや仕様変更・漏れなどにより、スケジュールが大幅に遅延し、残業・休日出勤・会社の寝泊りが恒常的になるなど、プロジェクトが大変な状態になることを、『プロジェクトが炎上する』と言います。『プロジェクトが火を噴く』とも言います。
プロジェクトが炎上すると、締め切りに間に合わせるために、採算を度外視して、人員が動員されることが多々あります。特に、大手ほどその傾向が強いような気がします。
動員される人は『火消し』と言われます。火消しの人材は、玉石混交です。火消しの実績があるベテランが動員されることもありますが、他部署の新人など、抜けても業務上大きな影響のない人が動員されることもあります。そのような新人は、主に簡単なテストや雑用などを任されます。難易度は低いのですが、量が膨大で残業も長期化するため、精神的にも肉体的にも辛くなることがあります。
ちなみに、SNSの『炎上』は、野球の投手が大量失点することを意味する『炎上』が元となっているとみられています。初めて批判の意味として使われ始めたのが、2002年12月とみられ、2005年頃から、一般的に知られることになります[1]。
一方、システム開発の『炎上』の元は、このSNSの炎上とは別のものとみられます。日経コンピューターの2002年12月号に掲載された記事「問題プロジェクトを救え 敏腕マネジャが明かす“火消し”の極意」[2]では、問題プロジェクトの状況を火が燃えているものとして表現しています。そのため、IT業界では、それ以前より使用されていたとみられます。
ニュアンスも少し異なります。SNSの炎上は火を噴くと言わないですが、システム開発の炎上は、システムが機械的なものに例えられるのか、火を噴くと言います。また、SNSの炎上は数週間程で鎮火しますが、システム開発の炎上は、数週間で鎮火することは滅多になく、数か月、場合によっては、年単位で続く、もしくは、全てを燃やし尽くし、プロジェクト自体がなくなることがあります。
物語では、主人公が建物が炎上している場所に転送されます。そして、新人の時に、いきなり炎上案件に送られた辛い過去を思い出します。
[参考文献]
[1]: 新田 龍. (2023). "山本一郎が”炎上”の一般化に寄与…「朝日記者ブログへの批判殺到」現象を”野球用語”で表現し定着した".
https://mag.minkabu.jp/mag-sogo/251785412404/
[2]: 大和田 尚孝. (2002). "問題プロジェクトを救え 敏腕マネジャが明かす“火消し”の極意". 日経コンピューター.
https://xtech.nikkei.com/it/free/NC/TOKU1/20021205/1/