純真無垢の怪物
轟音が鳴り響き、巨大な岩が試合場の大部分を埋め尽くした。
「あいつの収納魔法の中を一度見てみてえな、あんな岩も入ってんのか?」
「いや、流石にあれは魔法で作った物だと思うよ。でもあれだけのサイズ、かなり前から用意してたんだろうね」
「何はともあれ、ショウの勝ちだぜ!いや〜手強い相手だった!」
『まだ終わりとはいかんようじゃがな』
「は?あれで倒せねえ訳が…」
何かが割れるような音が試合場に響く。
「いやー、ほんと容赦無いね!流石にびっくりしちゃったよ!」
「結界が解けないから無事なんだろうとは思っていたけど……もう少し何かあっても良かったと思うんですけどね」
巨岩が砕け、魔力の塵となって散っていく。そこには無傷のアニーが笑顔で立っていた。
「苦労はしたよ?流石に一撃じゃ砕けなかったから。でもここで潰れる訳にはいかないの。私は今!生徒会役員が欲しいから!!」
「切実だな……」
アニーの言葉に観客席からため息がもれる。
「──本当はここまでやる気はなかったんだ。ちょっと興味が湧いて誘うついでにノリで始めただけだし。でも君が思ったより強くて良く保ってくれるからさ…」
アニーの周りの流れる空気が変わっていく。
「風が……」
「どこまで保つのか試してみたくなっちゃった!だから……」
『さっきまではどうとでもなりそうだったけど、こっからは気を抜いてると……死んじゃうかも』
イブの忠告が耳に入るか否かといった所で今まで以上の力でアニーの元へと引き寄せられる。
「もっと本気でいくよ!」
気がつけばショウが血飛沫を上げて宙に舞っていた。
「今、何が…」
『やった事は至ってシンプル、今まで通り引き寄せて殴っただけ。変わった事といえば待ち構える事を止めたくらいだ』
フローヴァの言ったとおり、アニーは引き寄せたショウを殴っただけ。だがその立ち位置は移動している。引き寄せられる物体に、自身も高速で突撃していけばその分威力が増す。至極単純な話だった。
「でもさっきの動き、目で追えないぐらいだった。今まででもまだ全力じゃなかったのかよ…」
「──追い風だな」
口の中の血を吐き出しながらショウが立ち上がる。
「後方の風を引き寄せて追い風を起こす。俺を引き寄せるのも風と一緒に引き寄せればより速くなる。言うなれば俺が普段やってる事と変わらない」
「正解!という事でもう一回!」
引き寄せられるショウに向かって再び突撃してくるアニーだったが二度目はショウの剣が割って入る。
「関係ないよ!」
幻想兵装で作り出された剣が砕け散り、ショウを殴り飛ばす。だが、今度は一撃では終わらない。吹き飛んでいくショウの後ろに先回りしたアニーが上に蹴り上げる。蹴り上げられたショウを、再び先回りしたアニーが地面に叩きつけた。
「は、速すぎる…!飛んでいくショウよりも早く移動してやがる!」
返り血を浴びたアニーが地上へ下りてくる。その顔には変わらず笑みを浮かべ、図書館で話していた時と何ら変わることは無い。
アニー・ブランヘル、彼女は現在魔道大会に出場する事を禁止されている。彼女が何かをした訳ではない。彼女は余りにも強過ぎた。一昨年の魔道大会でその実力を見せたアニーは、その圧倒的な実力故、魔道具の使用と魔力の制限を受けた。そうして出場した去年の魔導大会、結果はアニーの圧勝。だが、それだけならば問題はなかった。問題はアニーと戦った選手が皆トラウマを抱える程の残虐な戦闘内容。傷一つ負わせることなく一方的に殴られ、逃げ出そうにも引き寄せられる。そんな状況に選手達は恐怖した。何より、それを顔に普段と変わらない笑みを浮かべながら行うのだから堪らない。普段は気さくで誰とも分け隔てなく接するアニーを慕う者も多いが、戦いを見た者の中にはアニーの事を純真無垢な怪物と呼ぶ者もいた。
「良く耐えるね、これだけ受けてまだ立てたのは初めてかも」
「鍛えてますから」
よろよろと立ち上がるショウ、ダメージはかなり多い。
「本当によく保ってくれる…。それにまさか、私が血を流すなんてね。大会でも怪我したことなかったんだけど」
アニーの指から血が流れていく。
「アニー会長の怪力が凄過ぎてカウンターで置いた俺の剣がアニー会長の魔力障壁を突破したみたいですね。流石です」
「女の子に怪力が凄すぎって、デリカシーなさすぎじゃない?でも私は嬉しい!ありがとう!」
「ああ、それと一つ…」
癒やしの光で傷を治し、白銀の鎧を身に纏う。
「俺、負ける気は無いですよ」
「……ここまでやって諦めない子も初めてかも」
宙に浮かぶショウを引き寄せようと魔法を発動する。だがショウはピクリとも動かない。
(……引き寄せられない!?)
初めての事態に驚いている間に空には氷と岩と幻想剣が漂い、地上へと降りかかる。
「危ない…な!!っと」
投擲物を躱し、ショウを地面に叩き落とす。
「硬〜、ほんとその鎧厄介だね。私の魔法も無効化されるし、凄く硬い」
「鎧は硬い物ですからね」
頭に振り下ろされる剣を防ぐと、空いた脇腹にショウの蹴りが直撃する。
「痛た……やってくれるね!」
壁を蹴って突っ込んでるアニーの凄まじい速度に反応しきれず、ショウの腹に拳がめり込む。
「カハッ!?……まだまだ!!」
そうして決着がつかぬまま戦いは続き、気づけばお互い傷だらけになっていた。
(この子なら……私の全力でも壊れないかもしれない……)
「これは……?」
またも周囲の空気が変わり始めた。しかし。
「そこまでですよ会長!!!」
観客席から待ったの声がかかる。
「クーちゃん!」
「いつまでも帰ってこないと思ったら……何やってるんですか!」
「えっと……勧誘?」
「殴り飛ばす勧誘がありますか!不良じゃあるまいし。というか最後は普通に楽しんで勧誘の事も忘れてましたね?」
「あ、バレた?」
「当たり前です!」
試合場に入ってきてプリプリと怒る少女に戸惑う一同。
「会長、その人は…?」
「あ!この子はクーちゃん!」
「クラレッタ・クレーです。この人にはクーちゃんと呼ばれてます」
「副会長さんだよー!」
(生徒会の残りは4期生と7期生って言ってたから少なくとも3つ上……)
「何か言いたい事でもあるんですか?」
その少女はショウ達よりも少し背が低く、ショウの事を少し見上げる形になっていた。
「小さくて可愛いよねー!」
「ぶっ飛ばしますよ会長!?」
背が低いのを気にしているらしい。
「それよりまだ戦いの最中なんですが…」
「それはもうお終いです。元々賭け事で無理矢理入れるつもりは無いですし、もう夕方です。お姫様のお迎えが待ちくたびれてますよ」
「そういえばもう大分時間経っちゃったわ!早く帰らないと!」
「それと会長はこれから書類整理です」
「えー!?もう私達も帰ろうよー!」
「飲み物買いに行ったきり帰ってこない会長が悪いです。手伝いますから早く戻ってください」
「はい……」
「貴方にはご迷惑おかけしました」
「いや、俺も楽しめたので…」
「出来ればですけど……また会長の相手をしてあげて下さい。相手が中々いなくて退屈そうでしたから」
「それくらいならいつでも。元々そのつもりでしたし」
「──そうですか。それではまた」
「それじゃ私は仕事に戻ります。嫌だけど。あ!生徒会入りたくなったらいつでも大歓迎だからね!なんなら生徒会室に遊びにでもって、ちょっ、クーちゃん引っ張らないで、ちゃんと歩けるから!」
アニーは副会長に引っ張られながら連れて行かれた。それと同時にショウはその場に倒れ込む。
「ショウ!?大丈夫か!」
「あーー……痛かった!」
結界が解ければ傷は無くなるものの、体験した痛みは本物。今日だけで一体どれほど殴られたか。
「あれだけハンデもらって何とか五分、か。もっと強くなりてーな……」
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「魔道具無しであれを使うのは駄目です。会長の体にも負荷がかかるんですから。運が悪ければ周りも吹き飛びますよ?」
「ごめーん!楽しすぎてつい!」
「楽しめたなら何よりですけど」
「でも、これならあれもいけるかも。私は今年から公式戦出られないから諦めてたけど」
「……かもしれないですね」
「それよりショウ君、生徒会入ってくれないかな〜」
「入らないと言ったなら入らなそうですよ、あの子」
「そうね〜……ハァ、忙しいのやだなぁ」
項垂れながらアニー達は生徒会室に戻っていった。
(語り部)
「アニーは一昨年の初戦、やる気満々で出た試合で一撃で相手が死んでしまった為にそれからはなるべく手加減して試合に出てたんだ。あ、その子は当然生きてるよ、結界解ければ治るからね。でも手加減しても尚優勝。魔道具なんかの制限をかけられたというより自分からかけて試合に出た去年、結果は圧勝。相手から逃げられない恐怖でトラウマを抱えて故郷に帰った生徒もいるくらいだ。基本慕われてるけどその当時の選手にアニーの笑顔を見せると失神するらしい」




