引力の力
「うりゃっ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹にアニーのパンチは可愛らしいものではない。
(重っ…!)
アッパーを刀を交差させて防いだショウが勢い良く打ち上げられる。
「くっ!」
上に飛んでいったショウが唐突に方向を変え、自然落下とは明らかに異なる力で勢い良く落下していく。
「それなら…」
自ら下へ加速し、アニーの元へと落ちていく。重力と引力、そして自ら下へと飛んで生まれた勢いを刃に乗せる。だがその渾身の一撃はアニーの伸ばした手の平で止められていた。
「引っ張られるのはお嫌い?」
「どちらかというと」
8本の魔剣から魔法が放たれ、爆発音と共に試合場が土煙に包まれる。
「凄ぇ、あれ全部くらって傷一つついてねぇ」
土煙が晴れると、そこには試合前と変わらぬ姿のアニーの姿があった。汚れすらその制服にはついていない。
「彼女の魔力障壁が異常なんだ。あまりにも練度が違う」
『確かに練度も違うが、それだけではないようだ』
フローヴァは興味深そうに試合場を見下ろしている。
「他にも何かあると?」
『あの少女の魔法はあらゆる物体を引き寄せる。それは大気中の魔力も例外では無い』
魔力は生物に宿る物の他に空気に漂う魔力が存在し、マナと呼ばれている。
『本来マナは自身の魔力とは違い、扱う事が非常に難しい。扱いやすいように加工した金属と掘り出したばかりの鉱石のようなものだな、加工された物と違って不純物だらけでそのままでは扱いづらく、出来も悪い。だが、量だけはある。彼女は大量のマナを自身の周囲に引き寄せ、凝縮して固まらせている』
「つまり、そこら辺に漂う無尽蔵の魔力で魔力障壁を作ってんのか!」
「魔力障壁を維持する為に魔法を発動し続ける魔力は必要だが、残りは全て身体強化に回せる。それも練度はショウよりも上、ならば魔法で加速するショウに追いつく速度も納得だ。だがそれなら消耗戦は圧倒的にショウが不利だな」
圧倒的膂力で殴り飛ばされては引き寄せられるショウは、魔力障壁で防いではいても完全とは言えず、ダメージを負っていた。対して少量の魔力で最大限の効力を発揮しているアニーはダメージもなく、魔力にも余裕があった。
「幻想兵装」
引き寄せられながらも魔力で形作られた剣を握り、構える。
「そうだ!幾ら硬かろうとあいつのあの剣は魔力を切り裂ける!」
ヒュッ!と風を切る音を鳴らしながらショウの剣がアニーの腹部を切り裂く。
「なっ…!」
ショウの剣が斬った筈の場所には切り傷は無かった。
「どうして…」
『単純な話じゃ、あの剣の力よりあの娘の魔力障壁の頑丈さが上だっただけじゃ。というより、あの娘はマナで作った障壁と自身の魔力で作った障壁の二重障壁で守られておる。外側の障壁は斬れても内側を完全に斬ることはできんかったようじゃな』
驚くライガ達だったが、ショウに動揺は見えない。
「効かないなら別の手を考えればいいだけだしな」
突っ込んでくるショウの剣を受けながらアニーは愉快そうに笑う。
「切り替えが早いね!もう少しショック受けてもいいのに」
「意味がない訳でもないですから。これを使ってる間は二重に障壁を張り続けないと流石に通る。魔力の消耗はその分激しいですよね」
「確かに!」
試合を眺めるロウダスがぽつりと呟く。
「消耗戦はショウが不利といったな、訂正する」
「どうしたの急に」
「流れが変わってきた」
「確かにね」
「どういうことなの?」
不思議そうな顔をするコレットにロウダスが説明する。
「集中力はそう長くは続かないものだ。戦いが長引くほど疲れも溜まり、精彩を欠く。マナを凝縮するのは高等技術、それに加え魔力障壁と身体強化を併用しながら戦い続けてかれこれ30分は経つ。体力の消耗も激しい、間違いなく精度は下がってくる。それに引き換えショウは毎日真夜中に寝もせず剣を振り続ける精神力を持つ」
「そんなことしてるの!?」
「してるんだなぁ、これが」
「空間収納内で魔法撃ち続けながら毎晩ね」
「魔力を回復しながら魔法を使い続けるショウと消耗が増加した会長ならば、長引くほどにショウが有理になる。何より…」
「うん、会長には決め手が無い」
「強力なパンチとはいえ、ショウが対応出来ない訳じゃ無ぇ。このままいけばショウが勝つ!」
「そううまくはいかせないんだよね!」
再び引き寄せられたショウ。だが今回はこれまでのように拳が飛んでくるわけでは無く、アニーに両手を押さえ込むように抱きしめられた。
「何を急に…!」
(力強っ!引き離せない…!)
引き離そうとするショウだったが回された腕の力は凄まじく、微動だにしない。そうもがいている内に事態はより深刻になる。
『ゴボッ……!?』
ショウとアニーの周りには水のドームが出来ていた。
「何だあれ!?急に水が…!」
「どうやら大気中の水分を集めたんだろうね」
「でもあれ自分もきつくねーか?」
「授業で習っただろ、魔力障壁は自分の周りに安全地帯を作り出す。熟練の魔道士は空気の無い場所でも呼吸が出来るって」
魔力障壁は使用者にとって、より良い環境を創り出す。より安全、より快適に。空気の無い空間で空気を生み出し、外気の影響を受けず、精神を安定させ、傷の治りを早くする。そこまでの熟練者はそうはいないが。
「ショウはまだその域に達していない、早く脱出しないと…」
(これ、相手が長く苦しむからあまりやりたくないんだけど……さぁ君はここからどうするのかな?)
アニーからは表情が見えなかったが、ショウは苦悶の表情ともう1つ、この状況を望んでいたかのようにほくそ笑んだ。
(手間が省けた)
突如上空に巨大な火の玉が現れ、火の玉が水に触れると、水のドームを吹き飛ばした。それと同時に試合場は水蒸気によって発生した霧に包まれる。
(すごい霧……周りは良く見えないけど、どこから仕掛けてくるのか)
「上だね!」
霧が吹き飛んだ上空を見上げると、そこには青空ではなく、眼前を覆う程の巨岩が迫ってきていた。
「へっ…?」
呆気にとられたアニーは巨岩の下敷きになり、姿が見えなくなった。
(語り部)
「アニーは空気の無い場所でも呼吸が出来たり、外気を遮断するまでは出来るけど精神汚染や回復はまだ出来ないね。そこまで出来るのはギルドマスター達くらいかな。あぁ、ロイドは出来るね。どこかの国には食べ物すらいらず、魔力障壁で生命活動を維持している人達もいるらしいよ。僕は食べなくて良くても食べたいけどね」




