距離感
続行という学校側からの正式な判断が下りて、引き続き文化祭は行われることとなった。
シフト終了までの残り時間、あのような輩がいないか俺たちは目を光らせつつ接客を行った。
しかしその後はこれといったトラブルが起きることもなく終わりを迎えた。
ひとまずこれで、俺の二日間の出し物の仕事は終了したというわけだ。あとはこの文化祭を楽しむだけである。
引き継ぎ時に起きた出来事を報告して、みんなも気をつけるように伝えた。だがみんなも優奈が被害に遭ったということは既に知っていたようで、平野さんと東雲さんからも心配そうな表情で優奈と話していた。
引き継ぎを終えて残っていた仕事を斗真と優奈と共に片付けると、俺たちは教室を後にした。
二日間喫茶店と姿を変えた教室で身を包んだ正装をロッカーにしまって制服に着替える。
「メイド服は持ち帰ってもいいぞ。てか持ち帰ってくれ。どう処理していいか分からん」
隣で着替えていた斗真が言った。
そうは言っても置き場に困るのが正直なところである。だが時間をかけて手作りしたメイド服であるため捨てるというのももったいない。しばらくはクローゼットの片隅でひっそりと眠っていることだろうな。
ひとまず「ん」と短く返事だけ返しておくことにする。
「それでさ。休憩中、天野さんとなんかしてた?」
シャツのボタンを留めていた手が止まる。
「別に。ただ心配で声をかけてただけだよ」
別に嘘は言っていない。俺はありのままのことを斗真に話した。
「それにしては随分と距離が近いような気がしたんだよな。それに天野さん顔めっちゃ赤かったし」
斗真の鋭い観察眼の前に、俺は言葉を詰まらせる。誰もいないからって手を握っていたなんて言えない。言えるわけない。
見る人によっては、俺の行動はさっきの男連中の大差ない行動なのだ。
「別にイチャつくなとは言わないけどさ。場所を考えろよ。ここ学校なんだから」
「まさか以前に斗真に言った言葉がそっくりそのまま返ってくるとは思わなかったよ」
的確な指摘に何も言えず俺は肩をすくめる。
それこそ斗真と瀬尾さんのような関係にならなければ、学校に限らず公共の場でも自宅のようにそういったことはできない。
着替えを済ませて更衣室を出れば、既に優奈が待っていた。
「梨花を待たせてるから。それじゃあお二人さん。イチャつくのはほどほどに楽しんでねー」
「余計なお世話だ」
短い会話を交えたあと、斗真は早足で俺たちと別れた。
その表情は少し浮かべていて、それほど瀬尾さんと文化祭を回ることを楽しみにしていたのだと伺える。
「悪い。少し待たせたか?」
「いえ。わたしも今来たところですから」
そう微笑みを浮かべる優奈を見て、俺も表情を緩ませ、廊下を歩いた。
「改めて見ると、結構人集まってんだよな」
廊下を行き交ったり、教室内で飲食を楽しんでいる外客の姿を見て、俺は驚きの声を上げる。
文化祭でもこれだけの外客が訪れる高校は、そう多くはないはずだ。だからこそ、その空気に当てられては ハメを外しすぎてしまい生徒に絡んでくる面倒な輩が出現するのだろうが。
それにしても……
「なんかいつもより距離近くない?もう少し離れた方が……」
「何を言っているんですか。いつもこれぐらいの距離感だったじゃないですか」
学校にいるときは、周りの目というのもあったため、どんなときでも一人分の間隔を空けて常に空けていた。
だが今は、お互いの肩と肩が触れ合うぐらいの距離感で文化祭を回っている。外客からは温かい目で見られている一方で、生徒たちからは「とうとうその領域まで達してしまったのかっ!」という肩を落とす生徒と、相変わらず嫉妬の目が飛んできて痛い。
「でもほら。やっぱり周りの目っていうのもあるし……」
「良くんはわたしと一緒に歩いているのをみんなに見られるのは嫌なんですか?」
「嫌じゃないけどさ。てかその質問ずるくない?」
「じゃあいいじゃないですか。これなら離れ離れになることはないですし。だからこの話はこれでおしまいです」
「そんな横暴な……」
俺が断らないことを分かっていて、意地悪な質問を投げかけながら満面の笑みを見せる優奈に、俺は困ったように頬を掻いた。
これだけ近ければ変に優奈に近づいてくる虫もいないだろうし、仮にいたとしても追い払うことぐらいはできるだろう。
「でもさ。人前で良くんっていうのはやめてね」
誰にも聞こえないように小声で言ってくれてはいるものの、やはり誰かに聞かれていると思うと心臓に悪い。
「小声でなら、優奈って呼んでもいいですよ」
小悪魔のように笑って見せる優奈に、俺は思わず顔を赤らめる。それを見られないように模擬店をキョロキョロ見渡していた。
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