心配だからこそ
先ほどの男二人組が起こしたトラブルによって、浮上してきた問題がある。
文化祭の中止という可能性だ。
過去に別の高校で、外客と生徒間でトラブルが発生した事例がある。不運にも複数の怪我人がでてしまったがためにそのときは文化祭を中止せざるを得なかったそうだ。
今回は被害が出る前に止めることができたので、その点に関しては過去とは違うのだが、問題はそのようなことが輩が現れ犯行に及ぼうとしたという事実である。
生徒に危険が及ぼうとした。もう今後そんな人物が現れることはないと確証を取れない以上、これ以上文化祭を続けるか否かは、学校の判断に委ねられる。
生徒からしたら文化祭を続けたいのは山々だが、学校側としては生徒の安全が第一なのだ。
今は校長や教頭といった立場の先生が状況整理と文化祭を続けるかどうかの話し合いを行なっている。それを生徒会と文化祭実行委員会に伝えるために、斗真はこの場を離れていた。
とにかく俺たちにできることは、今この時間を精一杯楽しむことだけだ。
俺は裏で宮本と休憩をとっていた。
彼は俺よりも少し早めに休憩を取り始めていて、もう少しで他のスタッフと交代するだろう。
俺は男連中に提供したたまごサンドを食べていた。もちろん金は払っている。
「カッキーすごいね。あの二人に勇猛に立ち向かっていって」
コップに注がれていたお茶を飲み込んだ宮本が突然そう言った。
「あのままだと天野さんが危なかった。だから動いた。それだけだよ」
「それでもさ。怖くはなかった?見た目もかなりチャラかったから多分大学生だとは思うけど……」
「それよりも大事なクラスメイトが危ない目に遭う方がよっぽど怖い」
彼の言うことも十分理解できる。
あれだけ派手な格好で教室に現れて、女子を選りすぐるような目を浮かべて、男子は煙たそうに睨みつけてくる連中の相手など誰もしたくないだろう。
だが、優奈があの男共の手に触れられそうになったというのがどうしても我慢ならなかった。
「それに宮本だって、俺に続いて言ってくれたじゃないか。あんな連中に絡むことはあまり得意じゃないだろうに。ああ言ってくれて嬉しかったよ。ありがとうな」
「俺もせっかくの楽しい文化祭を邪魔されるのは許せなかったから……」
「俺もだ。まぁ、シフト終わるまでもうちょっとだし頑張ろう」
俺は柔らかく微笑みを浮かべると、宮本も「あぁ」と言葉を漏らした。
「じゃあ先に戻るわ」
「おう」
宮本はホールへと戻っていった。座っていた椅子にもたれかかるようにして、天井を見上げていた。
「お疲れ様です」
聞き慣れた声が耳に響けば、優奈の姿があった。宮本と交代で休憩に入ってきたのだろう。
「お疲れ。お茶でいいか?」
「お願いします」
近くにあったコップにお茶を注ぎ、優奈に手渡す。「ありがとうございます」とお礼の言葉を口にして、二口ほど喉に流し込んで小さく吐息を漏らした。
「優奈。大丈夫か?」
俺は落ち着いた声音で話す。この場には俺を含めて二人しかいないため名前で呼ぶ。
あの出来事の直後、優奈を心配した中村先生が「少し保健室で休むか?」と問いかけていたがが、「大丈夫です」と答えていた。とは言えやはり心配だったため、改めて尋ねた。
「大丈夫ですよ。皆さんそんなに心配されなくても……」
「心配……されなくても……?」
優奈は表情を緩ませる。作り笑いなどではない。いつも見せてくれる自然体の笑顔だ。だがなぜか、俺はその言葉に僅かながらの苛立ちを覚えてしまった。
俺は席を立って、優奈の元へと歩み寄る。
「良くん?その……少し怖いですよ……どうしたんですか?」
たまらず尋ねてくるが、その言葉に耳を傾けることなく視線の高さを合わせるようにしゃがむと、彼女の小さな手を握りしめた。
「ふざけんな。ふざけんなよ。こっちはどれだけ……心配したと思ってんだよ……」
俺は震えた小さな声で、言葉を紡いでいた。
あの男連中に絡まれていたのを見た瞬間、どうにかなりそうだった。血が湧き立ち、どす黒い何かが感情を支配していた。それを必死に押さえ込み奴らの対応に当たっていたのだ。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりで言ったわけでは……ただ良くんに安心してほしくて……それで……」
それは分かっている。だがそれでも、生まれたこの黒く歪んだ感情は収まることを知らない。
「ごめん。もっと上手く立ち回ることができたはずだ。注意するだけじゃなくて男連中が出て行くまで近辺は男子で回るっていう策だってとることができた」
だが、あからさまな行動をとれば男連中が変に怪しむ可能性もあった。仮にも客だ。怪しいことをしていない以上、その策を打つべきかどうか悩んでいた。
結果、未遂として済んだものの優奈には嫌な思いをさせてしまった。
「気をつけていたつもりだったのに……きみに誓ったはずなのに……ごめん……」
「なんで良くんが謝るんですか。わたしの方こそもっとしっかり断るべきでした。ご迷惑をおかけしてごめんなさい」
「違うよ。それは違う。上手く立ち回ることができたのは事実なんだ。優奈は何も悪くない。悪いのは優奈に変に声をかけてきたあの馬鹿共だよ。可愛いからって声をかけやがって……そりゃ可愛いのは事実だからそうしたくなる気持ちは分からなくもないけど……」
「り、良くん。ストップストップ」
これ以上は辞めてくれと言わんばかりに、右手を前に出して首を横に振った。その頬は人前で接客を行えないほどに赤く染まっていた。
「とにかく、優奈は悪くない。ただもう少し自分のことは大事にしてくれ。あのときは本当に、心配で心配でたまらなかったから……」
彼氏でもないのにこんなことを言うなんて……。重い、というのは自覚している。それでもこの想いだけは伝えなくてはいけないと思った。
手をより一層強く握りしめながら言うと、優奈は「うん……」とコクリと小さく頷く。それを見て、俺は微笑を見せた。
手を離して立ち上がり、現場に戻ろうとしたタイミングで斗真が戻ってきた。今まで会議を行っていたため、服装は制服姿である。
「二人とも!文化祭はこのまま続行!中止にはならない!たった今決まった!」
走って戻ってきたせいか、息を切らしていた。
「それは本当か?」
「なんで嘘を言う必要があんだよ。とりあえずそういうことだから!他のみんなにはもう伝えたからすぐ着替えて戻ってくる!」
彼はそう言ってまた走り出していった。
「ひとまず、中止にならなくて良かったな」
「そうですね」
俺たちはホッと胸を撫で下ろすと、互いに笑みを見せる。
「先に戻ってるな」
「わたしもすぐに戻りますから」
もうあんなことが起きないようにこれまで以上に気を配っていようと思いながら、俺は休憩を終えて現場へと戻った。
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