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文化祭にトラブルは必ず起こる

投稿遅れてしまいすみません!

 「ご馳走様でしたー」と、母さんと美樹さんがにこやかな笑みを見せて教室を去っていった。


 クラスメイトにとっては一組の客としか思わなかっただろうが、俺にとっては現れた嵐がようやく過ぎ去ってくれてホッとしていた。


 とは言え教室で「良介が……」だの「斗真が……」だの接客担当の生徒が横を通り過ぎても息子たちの名前を堂々と口にしていたので、「やめてくれ……」と念じながら、接客を行っていた。それは斗真も同じだったようで、出て行ったのを確認すると「なんか疲れたわ」と失笑して呟いた。


 母さんも店に訪れたことだし、あとは無難に接客をこなせばいいとそう思っていたのだがーー


☆ ★ ☆


 シフト開始から一時間ほど経過した頃ーー


 二人組の男性客が来店してきた。一人は金色、もう一人は茶色に髪を染めていて、服装も他の外客と比べれば少し派手目である。


「おー。最近の高校生のレベルって上がってんのな」


「店の雰囲気もいい感じじゃん」


 二人は店内と接客担当の生徒、主に執事服姿の女子生徒に目を向けて、言った。

 ひとまず彼らの応対を俺が行うことにした。女子に応対してほしかったのか、彼らは浮かれていた表情を曇らせるも、俺の誘導に従い席に座って注文の品を俺に伝えた。


「あの二人組。さっきから女子ばかりに視線を向けているから注意」


 テーブルの片付けを行っていた斗真に、俺はさりげなく伝える。


「良介もそう思った?裏方には何かあったらすぐ先生呼びに行けるように言っておく。俺も見ておくから良介も接客しつつそっちにも気を配っておいてくれ。女子たちにもあの二人には注意しておくように伝える」


「俺も声かけはしておく」


 どうやら斗真も気がついていたようだ。

 生徒や他の外客も彼女たちを見ていないわけではない。可愛い生徒がいれば目が奪われるのは当然だろう。


 だが彼らはまるで厳選でもするかのような、卑猥な目で彼女たちを見つめていて不敵ともいえるような笑みを見せていた。


 彼らの視線に入っていないタイミングを見計らって、女子生徒にあの二人組に注意するように声かけをしておいて、俺はメニューを伝えに向かう。


 メニューを受け取って運びに向かおうとしたとき、彼らが動きを見せた。近くの空いたテーブルの片付けを行おうとしていた優奈に狙いを定めて、「そこの執事さん」と、声をかけていたのである。


「その服、よく似合ってるね。可愛いよ」


 当然、優奈にも注意するように伝えている。

 フッと笑みを見せて、「ありがとうございます」と軽くお礼の言葉を残しては、また片付けの作業へと移っていた。


「ねぇねぇ。俺たちと少しお話ししない?なんだったら飲み物奢るからさ?」


「そうそう。そんな仕事、他のやつに任せておけばいいんだよ」


 俺たちがいるこの教室で、金髪の男が堂々と優奈を口説き始める。茶髪の男もそれに乗っかり言葉を発する。


「いえ。そのような行為は禁止ですので」


「いいじゃんいいじゃん。せっかくの文化祭なんだしさ。ここ有名な進学校で毎日勉強漬けの日々なんでしょ?少しはハメ外さないと。そうだ。写真撮ろうよ。せっかくの記念にさ」


「ほらほら、お嬢さんもこっちきて。映らないよ」


 優奈が少し引き攣ったような表情を作って断るも、男たちは言葉に耳を傾ける素振りすら見せずにスマホを取り出して、撮影を始めようとする。

 

「お待たせしました。たまごサンドでございます」


 優奈と彼らの間に割り込んで、注文の品をテーブルに置いた。


「天野さん。ここは俺がなんとかするから三番と七番テーブルのお客さまの対応をお願いしてもいい?メニューがもうじき出来上がるはずだから」


「でも……」


「大丈夫。だから任せて」


 俺は柔和な笑みを見せる。

 その言葉を聞いて、「じゃあ……お願いします」と険しくなっていた表情が普段通りに戻って、優奈はこの場から離れた。


「えー。あの子どっか行っちゃった」


「俺たちはあの子に接客されたかったなー」


 二人は残念そうに言ってこちらを鋭い目つきで見上げた。悪びれるといった様子を見せることもないこの連中に、怒りと呆れの感情を抱く。しかし俺は息を吐いて、その感情を抑え込んだ。

 

「お客さま。当店は提供するメニューを味わっていただくお店です。もしそういうのがご所望でしたらそのようなお店に行かれることをおすすめしますよ」


 二人は怪訝そうにこちらを睨みつけているが、臆することなく笑顔を見せて、そう言い放った。


「お客さま。この学校に足を運ばれたということは、当然文化祭のルールも了承された上で来ていらっしゃるということですよね?」


 青蘭高校の校舎に入った外客は原則として玄関前が入場門となっていて、ストラップがついたカードホルダーのようなものを受け取らなければいけない。その中には自分が外客であることを示すカードの他に、文化祭での禁止事項の二つを守ることを誓うという証明書も入っている。それをストラップで首にかけなければならない。

 そうしなければ、どこから入ってきたのかと疑いの目をかけられてしまう。男たちの首にもそれはかけられていた。

 つまり文化祭のルールには従うと約束したにもかかわらず、優奈に写真を撮ろうなどと強要した。一線を超えたのだ。いや、越えようとしたのを未然に防いだのだがそれでも許される行為ではない。

 

「ルール?そんなのあったっけ?」


「さぁ?」


「校舎に入る前に先生から説明は受けられたと思うのですが。それにそのような行為は禁止であると廊下や全教室に張り紙されていますし、受付役の生徒からもそのような注意をされたと思うのですけど」


「覚えてねぇな。張り紙の存在も今知ったし」


 だめだ。これは話にならない。

 斗真に視線を向けると、彼は頷き裏へと姿を消す。しばらくすると裏方の生徒の一人と斗真が早足で教室を出た。


「大体さ。俺たちはお客さまだよ。そういったサービスぐらい提供できないの?」


 教室内が静かになる。楽しい空間となるはずの喫茶店が殺伐とした空気に包まれる。足を運んでいただいたお客さまへの申し訳ないという気持ちと共に、この空気を壊した二人に段々と苛立ちの感情が湧いてきた。


「だったら言わせていただきますね。そのようなサービスは提供してないんですよ。さっきも言いましたが、そのような行為がご所望でしたら文化祭よりもそのようなお店に行かれた方がいいのではないでしょうか?それに他のお客さまのご迷惑にもなりますので、もしご要望に沿わないお店でしたら退出していただいても構わないのですが」


 丁寧な言葉遣いに冷えた声で二人に言い放つ。

 すると一人の接客担当の男子生徒が俺の後ろに立つ。俺を「カッキー」と呼ぶ数少ない男子生徒、宮本である。気弱な性格だが優しい人物だ。


「彼の言う通りです。もしご不満でしたら、店を出て行ってもらっても構いません」

 

 性格上、こういった場面は苦手なはずなのに俺の援護をしてくれるのは、きっと彼が優しい男だからだろう。


「チッ。高校生のくせに生意気な。帰ろうぜ」


「なんか興醒めしちゃったなー」


 そう言うと、二人は席を立ち上がり教室を出ようとする。


「いってらっしゃいませ。まぁお二人が今から向かわれるのは外ではなく本部という名の職員室なんですけどね」


 廊下にはすでに数人の先生が待っていた。

 教頭先生に生徒指導の先生、そして担任の中村先生など滅多に見ることのできない最強のラインナップである。


「話は聞かせてもらっている。さて、ゆっくりと話を聞かせてもらおうか」


「はぁ?待てよ!俺ら何もしてないじゃねぇか!」


「結果としてはな。それでもあんたらがやったことは未遂だよ。それにこっちは女子一人が怖い思いしてんだ。せいぜい先生に絞られて、反省してください」


 優奈と学校側の対応によっては被害届けも提出される。そうじゃなくてもあの二人にも経歴には必ず傷がつく。少なくとも今のような立場にはいられなくはなるだろうな。俺には今後関わることがない人物であるので、興味などないのだが。


 俺に文句を言っていたのだが、先生たちによって取り押さえられて連行された。


「この度は足を運んで下さった皆さまに、大変不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございませんでした」


 俺は頭を深く下げる。

 斗真も「申し訳ありませんでした」と俺と同様に頭を深々と下げた。この場にいた生徒も次々に謝罪の言葉を述べる。この場に残っていた中村先生までもが、俺たちと一緒に頭を下げてくれた。


「いや、君たちは何も悪くないよ」


 外客の一人から、そう優しい言葉をかけられる。するとそれが広がりを見せて、「よく頑張った」温かい拍手が送られた。


「皆さま。引き続き、この喫茶店をお楽しみくださいませ」


 そう言うと、また会話の声が広がる。

 あの男連中が残していったたまごサンドはあとで食べようと思い、裏まで運びに向かった。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価等いただけたら嬉しいです。

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