負けず嫌いな姫
一学期中間テスト。
俺たちが青蘭高校に入学してから二回目のテストである。とは言っても一回目のテストは新入生テストであったため、今回の中間から本格的に互いの実力がどれほどが分かるのである。
俺たちは入学して一ヶ月しか経っていないため教科数も国語、数学、社会(歴史、地理)、化学、英語の五教科と少ない。
一日目に国語、社会、理科。二日目に数学と英語と二日間に分けて行われる。
そんな二日間はあっという間に終わりを告げて、早一週間が経過した。
時刻は午後三時二十七分。
「いよいよだな」
斗真がそう言って、唾を飲み込んだ。
「なにが?」
「ほら、他のみんなも見てみろよ」
そう言われて教室の周りを見渡すと、みんなどこか落ち着きがない様子だった。
「うん。それでなにが?」
そう言われても全くピンとこない。頭にはてなマークを浮かべている俺を見て、
「今日はその中間テストの順位表が掲載される日なんだよ」
青蘭高校はテスト終了日から一週間後に、掲示板にて各学年の上位者百人を掲載している。この順位表で現時点では誰が一番頭が良いのか、学年の誰もが把握できるというわけだ。
「へぇ。そうなのか」
「ちなみに今回のテストは良介的にどうだったんだ?」
「ぼちぼちかな。斗真の方こそ手応えあったのか?」
「そこそこ。五十番目くらいいてくれたらいいかなぐらいだ」
カチッと時計の針が動いた音がする。
三時半になったのを確認するや否や、生徒たちは廊下を出た。
皆掲示板の方へと向かったのだ。
「良介。行くか?」
「俺はいい。テストの順位自体興味ないからな」
「そう言うと思ったよ。一応良介の分まで見てきてやるから」
「まだ上位百位に入っているとは限らないだろう」
「入ってるさ。間違いなく」
そう確信するように言い切って、斗真も掲示板の方へと向かった。俺は教室の中で一人、窓からの景色をただ眺めていた。
☆ ★ ☆
しばらくすると、生徒たちがぞろぞろと戻ってくる。
「あー掲示板に名前載ってなかったわー。手応えあったのによ」
「マジそれなー。やっぱ青蘭高校レベル高ーわ」
「わたし!四十六番だった!」
「わたしは四十四番!」
「負けたー!」
テストの結果に喜びを見せる者もいれば思うような結果を出すことができず肩を落とす者も見受けられた。
掲示板の方に向かってから十分。斗真も教室に戻ってきた。
「どうだった?」
そう尋ねると、斗真はピースサインを作って言った。
「二十一位。予想以上の結果で驚いてる」
「それは良かったじゃないか」
「良介と勉強したからだよ。ちなみに良介の順位だけどいつも通り一位だったぞ。さすがだな」
「聞いてないんだが」
「反応薄いな。もっと喜べよ」
「順位には興味ない。斗真だって知ってるだろう?」
「まぁそうだな」
テストの順位というのはあくまで結果。
自分が授業内容をどれだけ把握しているのか、それを披露するのがテストという場なのだ。点数には興味はあるが、順位で競おうとは思っていない。
他人の点数より勝っていた、負けていたからといって点数が変動するわけではない。
「ちなみに聞くけど瀬尾さんは?」
「梨花?九位」
斗真の彼女である瀬尾さんも、中学時代からテストの順位は常に十五位以内。この青蘭高校でも存分に力を発揮しているようだ。
「あ、ついでに言っておくがクラスの姫である天野さんは二位な」
「そうか」
「掲示板を見てて、ちょっとだけ頬を膨らませてたぞ。よほど悔しかったんだろうな。あの表情見ることできなかったなんてお前は残念なやつだぜ」
そう言って俺の肩を軽く叩いてくる。
「あれ、あそこにいるのって瀬尾さんじゃないか?」
教室のドアは開いており、廊下からこちらの様子を窺っている少女がいた。
身長は百五十もない。黒髪のショートカットに丸みを帯びた目、低い鼻。たぬき顔に近いだろう。
その幼い顔立ちは童顔で背丈のこともあり、初対面の人なら間違いなく本当に高校生か?と疑いの目を向けてしまうだろう。
「おー梨花。こっちこいよ」
斗真にそう言われ、瀬尾さんはこちらに向かって歩いてくる。
「柿谷くん。テストの順位表見たよ。相変わらずすごいね」
「ありがとう。瀬尾さんだって九位なんだろ?凄いじゃんか」
「一桁同士で話盛り上がられるの困るんすけど」
何やら肩身が狭いと言いたげに、斗真が話に入ってくる。
「それより梨花。五十位位内に入ってたご褒美、今ちょうだい」
「えぇここで……仕方ないな……斗真くんもよく頑張った」
「え?そう?」
ご褒美の内容は知らないが、瀬尾さんが言わされたような形で言うと、途端に彼の表情が緩んでだらしなくなる。
「うん。よく頑張りました」
「もっと褒めてー」
体格は一回りも二回りも違うのに、瀬尾さんがまるで子供を褒める母親のように見える。
普段の学校生活からしっかりしている斗真だが、彼女の前では思わず甘えてしまうのだろう。
「それで斗真くん。確か今日は部活休みだったよね?ちょっと行きたいところあるんだけど……」
「うん。どこまでもお供します。我が姫よ」
「恥ずかしいから学校では呼ばないでね。……二人きりのときなら呼んでもいいから」
顔を赤くしボソッと言う瀬尾さんを見て、斗真も嬉しそうな笑顔を見せる。
「イチャつくのはほどほどにしとけよ」
「おう。じゃあ先帰るわ」
「バイバイ。柿谷くん」
「おう。また明日な」
彼女ができたら割としっかり者の斗真ですらあそこまでなってしまうのか。恋愛とは実に恐ろしいものだな。
俺も帰り支度を済ませて、立ち上がろうとするすると天野さんが教室に戻ってきた。普段と変わらぬ表情で。
なんだよ。斗真のやつ悔しがってるとか言ってたけどそんなことないじゃん。
彼女がこちらを見た。
俺がいるのを確認すると、真っ直ぐこちらに向かってきて、俺の目の前で止まった。
「い、一位……おめでとうございます……柿谷くん……」
そう言うも天野さんの声は震えていた。
「ありがとう……でもおめでとうという気持ちがこもっていないのは気のせいか……?」
「そ、そんなことありませんよ。新入生テストでも柿谷くんが一番だったので、今回は結構本気で臨んだのですが……」
彼女の美しい瞳が潤んでいるようにも見えた。
天野さんは深く息を吸って吐く。
「それでは今日はお先に帰ります」
「お、おう。また明日な」
彼女は鞄を持って、パパッと教室から出て行ってしまった。
え?もしかして俺や斗真が思っている以上に悔しがってる?目が潤んじゃうほどに?
何故かものすごい罪悪感に苛まれ、深いため息を漏らして俺も教室を出た。彼女と出くわさないようゆっくりとした足取りで。
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