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一日目のシフト

 シフト開始から三十分ほどが経過した。


 テーブル席は満席になっていた。

 しかも廊下には長蛇の列ができていて、その列は今も伸び続けていると、受付役の生徒から報告を受けた。


 時間帯というのはもちろんあるだろうが、それを加味したとしても予想以上に生徒たちが俺たちのクラスに足を運んでいるのである。


 要因として挙げられるのは俺たちの格好。

 可愛らしいメイド姿の男子。スマートで上品な執事姿の女子。文化祭だからこそできるその格好は、生徒たちの口コミで広がっていき、興味本位で足を運んでみようと思うのだろう。


「ねぇねぇ。やっぱりあの子だよね?」


「執事服姿も可愛いー!」


 最前列で待っていた女子生徒の視線は一人の少女に向けられていた。んやはり口コミの中でも話題の中心にいたのは……


「すみませーん」


 友達と来ていた一人の女子生徒が声を上げる。それに気がついた少女はその生徒の元に歩み寄って、


「ご注文はお決まりでしょうか?」


 普段とは違う凛とした振る舞いで対応する優奈。格好から一つ一つの所作に至るまで本物の執事と思わせる。本人もどこかノリノリな様子で臨んでいるようにも見えた。


「は、はい。フルーツサンドとカフェオレを一つ」


「わたしも同じのを……」


 二人はメニュー表に目を落として注文する。

 それでも目の前の執事が気になって、ちょくちょく視線を優奈に向けていた。


「かしこまりました。少々お待ちください」


 軽く会釈する姿を見た二人は見惚れたかのようにうっとりした様子で「お願いします……」と小さく言うことしかできなかった。優奈は柔らかな微笑みを見せると、調理担当にメニューを伝えに向かった。


「あの執事さん。すっごく可愛かったね」


「あの子が『姫』って呼ばれている天野さんらしいよ。肌も所作も綺麗だし……わたしの方が先輩なのに惚れちゃいそうになっちゃった」


 そう楽しそうに談笑する二人の生徒を見て、あとで「優奈のことを褒めてたぞ」と教えてやろう。


 一組が退席するのを確認すると、「行ってらっしゃいませ」と送り出して、テーブル席の紙コップや皿を片付けて消毒。それが終わればまた新たな生徒が教室の中に入ってきた。


 接客担当の生徒は注文や接客など対応に追われていたため、片付けを済ませた俺が応対する。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 スカートの裾を掴んで膝を軽く曲げて会釈したあと、散々練習した営業スマイルを作って、そう言った。


☆ ★ ☆


「ふー。少しは客足が落ち着いたかな」


 テーブル席の紙コップと皿を片付けていたところ、布巾を手に持っていた斗真がこちらに寄ってきて言った。


 今この教室にいるのは二、三組ほど。接客に追われていた生徒はこの時間を利用して、交代で裏で休憩を取っている。優奈も休憩中だ。


 シフト始まりから一時間ほどは本当に大変だった。休む暇なく訪れる生徒の応対に追われる接客担当。捌いてもそれ以上のメニュー注文が入って悲鳴を上げる調理担当。それに比べれば今のこの時間帯は比較的に楽と言っていいだろう。


「斗真、すごい人気だったな。主に男子に」


「めちゃくちゃ茶化されたけどな」


 斗真は苦笑いを浮かべながら鼻をさすった。

 友人や部活の先輩から「斗真ー」と声が飛び交い、その度に屈託のない笑顔で応対していた。それだけでも斗真が友人や先輩に好かれているのがよく分かった。


「あー。俺も真司と秀隆に『可愛いよー』って笑いながら言われたな」


 二人が俺の姿を見たとき、ニヤニヤとした表情を浮かべていた。俺がムッとすると「笑顔笑顔」と言われて、無理矢理笑顔を作ったのを覚えている。


「良介も女子から人気あったよな」


「は?いやいやないない」


 いきなり変なことを言い出す斗真に、俺は全力で否定して手を横に振る。すると彼は何故かため息を漏らした。


「良介が通りかがったタイミングで注文する女子よくいただろうが。よく思い出してみろよ」


 言われた通り、できる限り過去の記憶を遡る。

確かに俺が応対した生徒は女子が多かったような気がする。でもそれ注文したいと思ったタイミングでたまたま俺が通りかがっただけなのではないかと思うのだが。


「通りかかったとき女子たちの会話チラッと聞こえたけど、評価結構高かったぞ。丁寧に対応してくれるし少し恥ずかしげに見せる笑顔が可愛いって。明日は良介目当てで来る女子も多いかもな」


 そう言って笑いながら片付けを行う斗真。

「おかえりなさいませ」や「いってらっしゃいませ」を言ったり、面識もない女子にこんな格好を見られるのは恥ずかしいという気持ちが勝っている。接客する以上は丁寧な言葉遣いと振る舞いを意識して、その感情を押し殺して応対していたのだが僅かに滲み出ていたようだ。

 それが女子たちにとっては高評価だったらしい。俺からしたら恥ずかしさで死ねるレベルなのだが。


「柿谷くんと石坂さん。休憩に行ってきても大丈夫ですよ」


 休憩をとり終えた優奈が俺たちに声をかける。


「了解。二、三組しかいないからそこまで慌てる必要ないからな」

 

「分かりました」


 優奈たちと入れ替わりで、俺と斗真は裏で休憩をとりに向かった。

お読みいただきありがとうございます。

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