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輪投げ

 真司が小さく息を吸って、吐いた。

 真剣な面持ちを浮かべて、台に立てられた棒を鋭い目で睨みつける。

 彼が所属している野球部風に言うのであれば、一点ビハインドの九回裏。ツーアウトランナー二、三塁。一打サヨナラの場面の打席に立っているぐらいの集中力を見せていた。


 真司の右手に持っているのは、麻縄で作られている輪。周辺は彼の手によって投げられた輪が無惨に転がっていた。この一投に全てをこめ、「そりゃっ」と声と共に、輪を投げた。

 それは惜しくも棒の僅か右に逸れて、コツンと小さな音を立てたと同時に、真司は頭を抱えた。


「あー残念。残念賞の箱から景品を一つ選んでください」


 店番をしていた生徒が箱を出すと、中には何種類もの飴が入っていて、真司は一つ掴んで速攻でそれを口に放り込んだ。


 俺たちは二年生の教室がある二階にいて、輪投げをしていた。一回百円という金額であったため、それぞれ一回ずつやってみたのだが結果は残念賞。戦利品はポケットの中に眠っている。


「ありがとうございましたー」


 生徒の声に、俺たちは軽く会釈をして教室を出た。


「なー。腹減らなかった?」


「またかよ。さっきも焼きおにぎり食ったばっかじゃん」


 残念賞の飴を乱暴に噛み砕いた真司がお腹を押さえてそう呟くと、秀隆がため息を漏らす。

 輪投げをする前に、既にチョコバナナと焼きおにぎりを口にしている。俺と合流する前はフランクフルトを食べていて、それでもお腹を空いているというのだから、成長期の運動部の食事量は半端ではないものだと改めて思い知らされる。


「まぁ、早めの昼飯っていうのもいいんじゃないか?俺は昼からのシフトだから今のうちに腹に何か入れておきたいし」


 時刻は十時を回りそうな頃。

 シフトは十一時から始まるため、着替えも含めたらあと四十分ほどと言ったところだろう。


 昼の時間帯は飲食店の模擬店の人の出入りが活発になるはず。それは俺たちのクラスにも同じことが言える。忙しさにもよるだろうが、場合によってはほとんど休憩を取ることができなくなる可能性も考えられる。


「あ。じゃあ、あそこ行こうぜ」


 真司がそう言うと、秀隆が何かを察したかのように「あー。いいね」と言葉を漏らす。


「あそこ?」


 どこを指しているのか分からない俺は、首を傾げていた。


「そ。俺たちがお世話になった人たちの出し物のところさ」


 階段を登っていく真司と秀隆を追うように、俺も後をついていった。


☆ ★ ☆


 俺たちがいるのは三階。三年生の教室だ。

 辿り着いた模擬店からソースの香ばしい香りがする。


 中に入ってみると、お昼前だというのにテーブル席が半分以上埋まっていた。


「いらっしゃい!おっ。確か君たちは同じ団だった……」


 接客担当である三年生の生徒が俺たちを見てそう言った。俺もこの先輩のことは知っている。


「お久しぶりです。島田先輩」


「おう!それではここの席に座ってくださいね」


 案内されたテーブル席に座ると、水とお絞りを提供される。


「焼きそばの量はどうする?」


 どうやら小、並、大と量を選べるそうだ。少食の人にお腹を満腹にしたい人、その人たちに合った量を提供できるようにしているらしい。俺は並、真司と秀隆は大を注文した。


「先輩。綾瀬先輩とはどうなんですか?」


 お絞りで手を拭きながら秀隆が尋ねる。


「お陰様で今も付き合ってるよ。最近は受験勉強で忙しいからあまり遊べていないけど、学校で毎日会ってるし、勉強の合間に電話したりしてるから……」


「これ以上は何も言わないでください……!」


 島田先輩の言葉を遮るかのように、真司は手で耳を塞ぐ。その先の言葉を聞いてしまえば彼の心が持たなかったに違いない。


 その姿を見た島田先輩が、「まだ若いんだから頑張れよ。好青年」と優しく声をかけて、この場を立ち去る。

 しばらくすると、「はい。お待ち」とプラスチック容器に入れられた焼きそばを持ってきた。


「あー美味い」


 焼きそばを啜る真司が満足げに言った。それは秀隆も同じようで、箸を進めていた。

 俺も割り箸を割って一口。濃いめの味付けの焼きそばだった。普段作る焼きそばはそこまで濃い味付けではないのだが、これはこれで美味しい。


 それにしてもこうして焼きそばの出し物をやっているクラスを見ると、夏祭りのときに優奈と一緒に屋台を手伝ったことを思い出す。


 機会があれば、今度は自宅で二人で焼きそばを作ってみるのもありかなと思いながら、焼きそばを食べ進めた。

お読みいただきありがとうございます。

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