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衣装お披露目

 文化祭まで一週間を切った。

 サンドイッチで男子を釣ってからは準備がみるみる進んだため準備はほとんど終えていて、あとは前日に喫茶店仕様にセッティングをするぐらいである。

 

 コンコン、と教室のドアをノックする音が聞こえた。


「男子ー。着替え終わったー?」


 廊下から東雲さんの声がする。


「おーう。入っていーぞ」


 斗真が言うと、ガラガラっと教室のドアが開く。そこには普段とは違う姿の女子たちの姿があった。

 濃紺のジャケットに、黒を基調としたトラウザーズとウエストコート。白無地なシャツは胸元にフリルが装飾されていて、その上に黒のネクタイを身につけていた。

 

「カッコいいぞー」


「似合ってるー」


 男子たちが上げるお褒めの言葉に、前に立っていた女子は「そう?」とまんざらでもない様子でその場でクルッと回転してキザなポーズをとってみせた。


「男子も似合ってんじゃん!」


 平野さんが俺たちの姿を見て言った。


 長袖の黒のワンピースに可愛いフリルが装飾されている白いエプロン。同じくフリルが付いた白のカチューシャと、メイドとしての王道スタイルといったスタイルだ。メイド服は膝下までで、その下には黒タイツを履いている。


 フリルをふんだんに使ったスカートは、平野さんと東雲さんが特にこだわったところであり、男子が身につけていても可愛く見えるようにと、そんな意図があるらしい。


 また、ウィッグも支給されていてそれぞれが好きなものを被っている。斗真は金髪ストレート。俺は余り物のウェーブがかかった栗色のウィッグを身につけていた。


「執事服似合ってんなー。天野さんは特に」


 更衣室で着替えていた女子たちが教室に入ってくる中、後ろの方にいた優奈が姿を見せる。

 背中ほどまでに伸ばされたクリーム色の髪は団子状に纏められていて、背筋を真っ直ぐ伸ばして歩いていた。

 慣れていないはずの執事服をスマートに着こなしていて、まさしく女執事といった印象を与えていて、男子の視線は自然と優奈に集まっていた。それは俺も例外ではなかった。


 目が合うと少し恥ずかしそうに微笑む。

 その彼女の姿に男子の心は容易く撃ち抜かれただろう。


 互いに見慣れないその姿に、教室内が騒がしくなる。


「ねね!お客さんが来店してきたときの挨拶やってよ!練習したじゃん!」


「よーし。見てろよ……いらっしゃませ。ご主人様」


 語尾にハートマークを付けたような言い方をしてウインクする男子を見て、要求してきた女子はお腹を抱えて笑っていた。


 クラスの一体感を出すために調理担当や裏方にもこの服は支給されている。

 俺と斗真、優奈は三人とも接客担当になった。裏方に回らせろと斗真に抗議したのだが、「いやいや。せっかく似合ってんだから前に出た方がいいって」と、半強制的にシフトに組み込まれてしまった。まぁ、二人も同じ時間帯に入っているのでよしとする。


 斗真は自分から接客担当に回った。彼の明るい性格には向いているだろうし難なくこなしてみせるだろう。

 

 優奈も、俺が斗真に言われた理由と同じく執事服があまりにも似合っているからと接客に回された。


 (本当に似合ってんのかなぁ……)


 俺は一人、身につけているメイド服を見渡す。

 斗真はそう言っていたが、自分ではとてもそのようには見えなかった。


「二人ともよく似合っていますよ」


 優奈がこちらに歩み寄ってきて、言った。


「ありがとう。天野さんも執事服姿似合ってるねー」


「ありがとうございます」


「ほら。良介もなんか言ってやれよ」


 斗真に肘で軽く小突かれる。髪を纏めている姿は何度か見たことはある。しかし執事服を身につけた状態だと、いつもの可愛らしい少女から凛とした美しい少女へと姿を変貌させていた。

 

「あ、あぁ。似合ってる。かっこいいな。なんかこう……いつもの天野さんじゃないみたいで、なんか新鮮」


「それを言うなら柿谷くんもですよ。メイド服姿、とても可愛いです」


「お世辞として受け取っておくよ」


 俺の様子から信じていないと思ったのだろう、優奈はムッとして「本当のことなのに……」と言葉を漏らす。


「ねぇ。見て見て」


 俺たちを呼ぶと、メイド服を摘んで膝を少し曲げて会釈をする。


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 ちゃんとしたメイド服を纏っているからか、以前に俺に見せた挨拶よりも作法がしっかりしていて美しく見える。裏返った声は相変わらずだが。


「どうよ。動画見て俺なりにアレンジしてみたんだぜ」


「声はいつも通りのままでいいだろ。変に裏声使うと気持ち悪い」


「辛辣!」


 俺の一言に、斗真はショックを受けたように項垂れた。相当自信があったのだろう。


「天野さんも挨拶の練習はしてるの?」


「はい。クラスの皆さんと」


 優奈は左手をお腹に当てて、右手を背に回す。

 そして軽く頭を下げると、


「おかえりなさいませ。ご主人様」


 普段より少しトーンを下げた声。下げていた頭をゆっくりと上げると優しく微笑みを見せた。


「様になってんな。本物の女執事みたいだ」


「そうですかね?とりあえず見様見真似でやっているんですけど……そう言ってもらえるのなら安心です」


 着こなしといい、振る舞いといい、既に女執事になりきっている。これは男性だけではなく女性も優奈の執事としての魅力にやられるのではないかと思った。


「ほら。良介もやってみ」


「わたしも見てみたいです」


 二人が俺に熱視線を送ってくる。俺も動画で調べたりして一人のときにやってみようと思ったのだがどうしても恥ずかしさが勝ってしまいできなかった。


 しかし接客担当になった以上、必ず通らなければいけない門である。覚悟を決めて、俺はスカートの裾を上げ、片方の膝を曲げて背筋を真っ直ぐ伸ばしながら挨拶をする。


「いらっしゃい……ませ。ご、ご主人……しゃま……」


 体温がみるみる上がっていくのを感じる。身につけたばかりのメイド服が汗ばんでいく。最後の最後で恥ずかしさが出てきてしまい、声が裏返っただけではなく噛んでしまった。


「プッ……クククッ……ハハハッ。ごめん……笑うつもりはなかったんだけど……顔真っ赤にして言うから……ハハハッ」


 その姿を見て、斗真は必死に笑いを堪えていた。


「と、とても可愛かったですよ……」


 優奈は苦し紛れのフォローを入れる。

 その優しさが俺の羞恥心に拍車をかけて、俺は真っ赤に染まっているであろう顔を手で覆った。

お読みいただきありがとうございます。

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