湿布をくれた姫は心配性?
結末から言って、シャトルランは平均百回を超えた。次の授業からはようやく球技を行うことができる。
「良介すげぇな!百十五回なんて!」
斗真が自分のことのように喜んでくれている。
「いや、お前の方がすげぇだろ。あれ以上の記録出せないとか言って、普通に新記録出してんじゃねぇか。百三十四回ってなに?体力お化けかよ」
「いやー。良介に触発されてな。案外やってみるもんだぜ」
斗真は満足気にそう言った。
確かになと俺も頷く。心の持ち方次第で予想以上の力が出すことができる。それを身を持って持って理解したのだ。
だが、俺が頑張れた理由は実に不純だ。
天野さんにがんばってと言われたから頑張った。多分、彼女の前でかっこ悪いと思われたくなかったから、もしあのまま辞めていたら、天野さんと話すことができないと思ったからなのだろう。自分の中でそう無意識に思ってしまったのだ。
「良介。早く戻ろうぜ」
「あぁ」
斗真に声をかけられ、俺たちは体育館を後にした。
☆ ★ ☆
更衣室にて体育服を脱ぎ、汗拭きシートで汗を拭き取る。そしてシトラス系のスプレーを首や脇にかける。
教室に入って女子から「汗臭っ!」などと言われようものなら、男子生徒のハートはブレイクしてしまう。
汗が染み込んだ体操服を袋にしまい、教室へと戻る。女子たちは既に着替えを終えて教室に戻っており、次の授業の準備をしたり友達と談笑を楽しんでいた。
疲れた。
椅子に座り、俺は机に突っ伏した。
「おーい。大丈夫か?」
ひんやりとした感覚が首筋に走って、俺は飛び上がった。そこには斗真が自販機で買ったであろうスポーツドリンクを二本持っていた。
「ほら」
「サンキュ」
スポーツドリンクを受け取って、俺は喉を潤す。全身という全身に水分が行き渡り、頭がクリアになっていく。
「俺の奢りだ。頑張ってたからな」
なにこいつ。イケメンかよ。
いやイケメンなんだけど、なんか今の斗真がめっちゃ輝いて見えるんだけど。
途端に睡魔に襲われる。
あんなに頑張ったのはいつぶりだろうか。その反動がここになって一気にきたのだろう。
チャイムが鳴り響き、次の授業が始まる。
俺はウトウトとしながら、授業を聞いていた。
次第に先生の声が聞こえなくなる。
意識が薄れていき、真っ黒な世界に誘われた。
☆ ★ ☆
俺が目を覚ましたのは授業終了五分前。
黒板には授業内容がずらりと書かれており、俺は急いで書き写す。
しかし、一限五十分の授業内容。
たった五分で書ききれるわけもなく、授業は終了した。
この後は掃除の時間であり、内容の半分も書くことができず、あっという間に消されてしまった。
「斗真……」
「わーったわーった。ノート貸してやるよ」
朝の光景とは逆に、今度は俺が斗真に頼みこむことになってしまった。「ほら」と渡られたノートを大事に受け取る。
「それにしても珍しいな。良介が授業中に寝るなんて」
「シャトルラン張り切りすぎたんだよ」
「まぁ鍛えてるとはいえ、運動部でないお前があれだけ走りゃあ、当然ガス欠になるわな。つついても起きねぇんだもん」
マジか。全く気が付かなかった。
教科書類と斗真から貸してもらったノートをカバンの中に入れる。
「明日中には返す」
「おう。んじゃな」
斗真は鞄を持って先に教室を出て行く。おそらく掃除が終わればそのまま部活へと向かうのだろう。俺も帰り支度を整えて、掃除場所へと向かった。
☆ ★ ☆
掃除場所は二週間に一回のペースで、各クラス割り振られた場所を各班四人で掃除する。
今週からは第一学習室という部屋を掃除することになっている。移動教室の際に使われることが多いが、基本目立った汚れが出ることはない。
一人暮らしの身にとっては、掃除が苦痛というわけでもなくむしろやらなければ死活問題にかかわるので、てきぱきと終わらせていく。
思ったよりも早く終わったので、俺たちの班は解散してそれぞれ部活へと向かった。
それにしても身体が重かったなぁ。シャトルランの影響だろう。身体がいつもよりも重く感じる。明日からしばらくは筋肉痛に耐えなければいけない。今度からランメニューを増やしたほうがいいだろう。
一階に降りて下足箱へと向かい、上履きと外履きを入れ替える。
(そういえば湿布常備してたか?一応ドラッグストアで買ってくるか)
学校から一番近いドラッグストアで、徒歩で二十分。しかも家とは全くの逆方向だ。重い足を前に踏み出し校舎を出ようとする。
「今からお帰りですか?」
そこには同じく外履きに履き替えていた天野さんがいた。どうやら帰ろうとするタイミングまで俺たちは遭遇するようだ。
「あぁ、だが家に帰る前にドラッグストアに向かうつもりだ」
「ドラッグストア?」
「湿布を確か常備していなかったと思ってな。今から買いに行くんだ」
「シャトルラン、頑張っていましたもんね」
「お陰様でな」
そういう俺に天野さんはクスっと笑う。
「おい!姫が笑ったぞ!」
「普段親しい友人にしか見せない笑顔を!」
「だれだあいつ!」
途端にその場が騒がしくなった。
俺たちはそそくさと校舎を出て、正門前に辿り着く。
「また明日な。あ、鍋は休みの日でも取りに向かうわ」
そう言って目的地のある方へと歩いて行く。
「湿布あると思いますよ。わたしの部屋に」
その一言に俺の足が止まる。
「マジで。なら助かる。だが……」
湿布を貰うだけとはいえ、一人暮らしの女の子の、しかも同級生の部屋に入るというのはーー
「湿布を渡すだけですからね。それだけなら玄関先で済みますし、ついでに鍋も返せるので」
天野さんには俺の心が読めるのか。
「確かにそうっすね。まぁ今度の休みの日にでも買いに行くとするか」
そう言って、俺たちは時間差でアパートに帰った。
☆ ★ ☆
「ちょっと待っててください」
天野さんの家の前の扉で、俺は待っていた。
しばらくして扉が開く。天野さんの手には俺がお裾分けで渡した鍋と、湿布十枚入りの箱を持っており、俺はそれを受け取る。
「ありがとう。これで明日は少しはマシになりそうだ」
「ちゃんとお風呂上がりにマッサージやストレッチなどもやってくださいね。やるだけでも全然違いますから」
「おう」
「ちゃんと。やってくださいね」
「分かってるよ」
ちゃんとを強調するように天野さんは言った。
「今日はありがとうな」
「はい。ではまた明日」
鍵を閉めたのを確認して、俺は自身の部屋へと戻る。夕食を食べたのち風呂に入って、マッサージとストレッチも行った。
俺、そんなに信用されていないのかとショックを受けつつも、心配だから言ってくれているのだとポジティブに捉える。
その時、通知オンと共に携帯が震えた。
斗真からのラインである。
『良介。二週間後のイベントといえばなんだ?』
俺はカレンダーを見る。
四月の最終週でありそこから二週間後のイベントといえば一つしかない。
『中間テストだな』
『一緒に勉強しようぜ』
『いいけど、斗真なら一人で勉強しても上位は堅いだろう』
『いやいや、俺より良介の方が頭いいんじゃんか!サッカー部はもう少しでテスト期間だからさ!』
『オッケー。俺の家でいいか?』
『おけおけ。その方向で頼むわ』
『うい。じゃあおやすみ』
『おやすみー』
そうか。もう二週間後は中間テストか。
今日から少しずつ復習でもしておくか。
ベットに入ろうと思ったがリビングに置いてある机に教科書を広げて、二週間後のテストに備えた。
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