姫は小さな変化も見落とさない
「よし!こんなもんかな」
斗真が満足げに呟く。店の前に置く看板が完成したのだ。段ボールに紙を貼り付けてその上から文字を書き、同じく段ボールで作った足パーツに嵌め込むという極めてシンプルなものだが、それでも充分な出来といえる。
「助かったよ良介。制服やメニューの調子はどうだ?」
「制服の方は平野さんに確認したけど、ほとんど作り終えたからあとはわたしたちでやるから大丈夫だって。メニューの方はあとは試作してみてってとこだな」
そう言って首を横に曲げ大きく肩を回すと、ボキボキと太い音が鳴って、俺は顔を顰めた。
「大丈夫か?」
「ちょっと疲れた……」
心配そうに尋ねてくる斗真に、ため息を漏らしながら言葉を漏らす。
「最近いろんなところにヘルプで呼ばれて、それを全部こなしてんだもんな。今も俺のフォローに入ってくれてる訳だし。ちなみに今日の予定は?」
「教室内を一度軽く内装してみて気になる部分を修正するのを手伝ってから、店内で出す皿と紙カップが届いたから、それの確認」
今日の予定を話しながら、看板作成に使用した段ボールを片付けていく。
「仕事量エグいな。まぁ良介に頼みたくなる気持ちは分からなくもないけど。現に俺もそうだから。文句も言わずに手伝ってくれるんだもん」
「俺ができる範囲のことならやる。それが誰かの助けになってるならそれでいいんだよ」
「カッキー。こっち手伝ってー」
装飾品を作成していた女子生徒に声をかけられる。最近は数人の男女が俺のことを「カッキー」というあだ名で呼ぶようになった。
あまり面識のない生徒たちだったのだが、一緒に何かをやっていくうちに心を開いてくれたのだろうか。
「はいよ」
「人気者ですな」
「いいようにこき使われてるだけだっての」
口ではそう言いつつも、心のどこかで今の環境を楽しんでいる自分がいた。
☆ ★ ☆
「んー。今日も疲れたー」
「お疲れ様でした」
優奈の夕食を食べ終わると、椅子にもたれかかるようにして座って眉間を摘んだ。身体だけではなく目も疲れているのを感じる。
制服作成にメニュー決め。喫茶店の内装の確認に装飾品の作成など、確かに仕事量は他の生徒よりはこなしていると思う。
キッチンにいた優奈が姿を見せて、湯呑みを置いた。ほんのりと香ばしい香りが漂う。
「淹れたての玄米茶です。良くんこれ好きですもんね」
「ありがとう」
最近俺のプチブームになっている玄米茶。湯呑みを持って二度息を吹きかけ、火傷しないようにそっと口に含む。渋みが少なくあっさりとしていて飲みやすい。
「良くん。少し無理をしていませんか?」
俺と向かい合うようにして座った優奈が口を開く。
「まぁ他の人より仕事をしているとは思う。でも好きでやってることだから……」
「頑張ることがだめと言っているわけではありません。でも今の良くんは、明らかに許容量を超えています。制服作りにメニュー開発、その他諸々の細かなお手伝い。このままでは文化祭が始まる前に潰れてしまいますよ」
「あー。やっぱ無理してるって分かった?」
そう言って頬を掻きながら、苦笑いを作った。
「あのときほどではありませんが、顔色が優れていないというか、元気が少しないというか……」
こんな小さな変化を気付けるのは、いつも近くにいる彼女だからこそかもしれない。
「ごめんな、心配かけて。多分俺、また調子に乗ってんだと思う」
持っていた湯呑みを置いて、彼女の顔をその目でしっかりと捉える。
「前にも言ってただろ?俺を嫌うような目で見てくるような気がして、あまり誰かと関わりを持たないようにしてきたってやつ。こういうイベントは好きじゃなくて、あまり参加してこなかったんだ。正直文化祭もあまり乗り気じゃなかったんだけど、真剣に準備をやってみたら案外面白いなって思えたんだよ」
誰かと一緒に何かを作り上げる。それがどれだけ大変で楽しいものか。それは本気で取り組んだからこそ実感したものだ。
「斗真からいろんな仕事振られて今も大変だけど、その分いろんなやつと接して、考えて、頼ってくれて、それがすごく嬉しくて、舞い上がっていたんだと思う」
斗真もやる気があるとはいえ、慣れない実行委員会の仕事とストレスで大変だというのは分かっていたから、スムーズに作業が行えるように困っているところがあれば手伝いに行った。
これは過去の出来事とも繋がる。
償いというわけではない。こんなものが償いになるとも思わない。だが今の自分にできることは自分が助けられる範囲のことは全て助けたい。
「前に言ってくれたよな。自分をもっと頼ってくれって。別に優奈に負担をかけたくなくて言っていないわけじゃない。ただ今この瞬間がすごい楽しくて充実してるんだ。……とは言え心配をかけてしまったら元も子もないよな」
頼られるという余韻に浸って、いつのまにか勝手に自分が準備しなければと思い込んでいたんだと思う。
「斗真にメニューの試作に集中させてくれって頼んでみるよ。できれば優奈もこっちに入ってほしい。家庭部のみんなと話してたけど、やっぱ人員欲しいなって話をしていたところなんだ」
「分かりました。担当していた作業も今日終わったので、わたしもそちらに参加させていただきます」
表情を緩ませる優奈を見て、「助かる」と短く言葉を放ち、湯呑みに手を伸ばそうとする。少し時間が空いてしまったので覚めているだろうが、問題ないだろう。
「ところで、女子の中で良くんが噂になっているのはご存知ですか?」
ピタッと俺の手が止まった。目を丸くして彼女の方を見る。
「その様子だとご存じないようですね。他の男子と違って嫌な顔せずに手伝ってくれるし、力仕事とか細かい作業とかもこなしてくれるとかで、評価が上がっているんですよ」
「そんなことで評価って上がるものなのか?」
「案外女子ってそういう細かいところを結構見ているんですよ。カッキーくん」
学校でも数名にしか呼ばれないあだ名で、優奈は呼んだ。
「良かったですね。女の子からそういう風に言ってもらえて。鼻の下を伸ばしていましたもんね」
「優奈?怒ってる?」
「怒っていませんよ」
「声がいつもよりも低いんですけど」
「気のせいですよ。わたしがそんなことで怒るわけないじゃないですか」
笑顔を浮かべたまま冷えた声で言ってくるその姿は、なんとなく瀬尾さんと被ってしまう。
俺はなんとか優奈の機嫌をとりつつ、すっかり冷え切った玄米茶を飲んでいた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ、評価等いただけたら嬉しいです。




