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姫の膝枕

 テスト前の土曜日。

 ほとんどの生徒は最後の追い込みとして、テスト範囲の内容を必死に頭の中に詰め込んでいるだろう。

 斗真はというと、勉強は順調に進んでいるそうだ。文句を垂れていたが、やはり彼女の存在が大きいのだろう。本人曰く、「一桁狙えるかも」と言っていたので期待していいかもしれない。


 ガチャリと家鍵の開く音がすると、「お邪魔します」と優奈がリビングに現れた。


 応用問題は問題なく解けるため、あとは細かい単語の確認だけである。凡ミスさえしなければ問題なく高得点を取れるはずだ。


「優奈。今日の昼飯は鶏そぼろ丼とサラダにしようと思うんだけど」


 一度作ったことがあり、とても好評だった料理だ。


「いいですね。楽しみです」


「腕を奮って作らせていただきます」


 俺たちは椅子に座って勉強を始める。優奈が隣に座るのはもう当たり前になっていた。


「あれ?優奈って視力悪かったのか?」


 そう尋ねたのは、優奈がバックからメガネを取り出したからだ。丸いレンズシェイプのラウンドタイプは知性と渋みを感じさせる。


「いえ。ブルーライトカットの眼鏡で家で勉強するときにたまに使うんです。集中しすぎちゃうときがあって目の疲労の軽減用に。最近使ってなかったのでたまにはと」


「へぇー」


「その……似合ってないですか?」


「そんなことないよ。なんか眼鏡姿の優奈も新鮮だなって」


 眼鏡を少し下げて、少し不安そうに尋ねてくる優奈に小さく微笑みを返す。眼鏡をかけている優奈は真面目な文学少女というような印象を与える。印象なだけであって彼女は元から真面目なのだが。


「良くん。お昼ご飯を食べた後なんですけど……」


 そう言ってバックからあるものを取り出す。

 

「チョコカップケーキ?」


「はい。昨日作ったので一緒に食べたいなって」


 トッピングのミルクチョコレートに、クマが可愛らしくデコレーションされている。目や鼻はホワイトチョコ。耳はチョコクッキーで表現していていて、ミックスカラースプレーが満遍なくかけられている。


「凄く美味そうだけど、なんか食べるの勿体無いというか……」


 まずクマが可愛いし、ホワイトチョコで作られた瞳がこちらを見つめてきて、「食べるの……?」と問いかけてきそうで食べるときに躊躇しそうになるだろう。それでも優奈が作ってくれたお菓子だ。食べないわけにはいかない。


「それじゃあ冷蔵庫に冷やしておくか」


 優奈からチョコカップケーキの入った袋を受け取って冷蔵庫に入れて、テスト勉強を行った。


☆ ★ ☆


「んー。美味い」


 午前中の勉強を終えた俺たちは、昼食の鶏そぼろ丼を食べ終えて、優奈の作ってくれたチョコカップケーキを食べていた。


 甘辛の味付けで作った鶏そぼろ丼はご飯がよく進んだため、時間を少し空けてから食べた方が良いと思ったのだが、デザートは別腹とはよく言ったものだ。


 濃厚でしっとりとしたチョコレートの生地はとても甘くて、口の中で広がっていく。甘い物好きに取っては至福の時間である。あまりの美味しさに頬を抑える俺を見て、優奈は柔らかな笑みを浮かべた。


「美味しそうに食べてくれて嬉しいです」


「そりゃそうだろ。美味いんだから。毎日食べたいくらいだ」


 優奈の家事スキルはかなり高い。俺自身も最低限の家事はできるから頼るということはないが、もし家事が何一つできなかったら、優奈に頼りきりになってしまうだろう。


「良くんの美味しそうに食べてくれる顔、とても可愛いです」


「あんま見んな……」


 口に含んでいるカップケーキを飲み込んで、俺はそっぽを向く。実家に帰省したときも同じことを言われたような気がするが、改めてそう言われると恥ずかしくなってくる。優奈は俺の顔を見ようと覗き込こんでくる。


「また持ってくるので、楽しみにしていてください」


「楽しみにしておきます」


 悪戯っぽく笑う優奈に、俺はボソッと呟いてカップケーキを口にした。


☆ ★ ☆


 デザートも食べ終えたところで、午後の勉強に臨もうとしたのだったがーー


「眠い……」


 お腹も満たされたところで睡魔が襲ってくる。ウトウトとしてしまい脳が働かない。


「良くん。最近ずっと眠そうですよね」


「んー。夜ふかしをしているつもりはないんだけどな」


「ちなみに昨日は何時にベッドへ?」


「二時くらい?」


「充分夜ふかししているじゃないですか」


「仕方ないだろ。勉強してたんだから」


 斗真の前では少し余裕ぶった様子を見せてはいたが、内心は不安で襲われている。一番になるという中学時代からの執念みたいなものがまだ残っていて、テスト期間中はどうしても夜ふかししてしまうのだ。

 それでも弱みは見せまいと今までそんな素振りを見せないようにしていたのだが、優奈がそれを受け入れてくれたことで、彼女の前でならありのままの自分を曝け出せるようになった。


「その状態で勉強しても、あまり身に入らないですよね」


 眼鏡を外した優奈がソファーへと移動する。

 俺を手招きすると、自分の太ももをポンポンと叩いて、


「膝枕、してあげます。少し眠ってからまた勉強しましょう」


 それはあまりにも魅力的な提案だった。以前やってくれたと言っていたが、俺は記憶になかったため今回が初めてになる。


「いや……でも……」


「遠慮しなくていいですよ。わたしもやってあげたくて言っているので」


 太陽のような眩しい笑顔で甘い誘惑をされてしまっては争う術はもうなかった。気がつけば吸い込まれるように彼女の膝に頭を乗せていた。


 程よい柔らかさの太ももは極上の枕と思わせるほどのものであり、優奈の甘くて優しい香りがより一層近くに感じられる。

 次第に瞼が重くなっていき、やがて目を閉じていく。優奈の小さな手が俺の髪を優しく撫でて、心地よい。


「ありがとう……優奈……おやすみ……」


 意識が飛びゆく直前に、優奈に言う。


「はい。おやすみなさい。良くん」


 彼女の優しさと温かさに包まれながら、俺は意識を手放した。

お読みいただきありがとうございます。

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