家鍵
夏休みが終わってから最初の金曜日。
授業の終わりを告げるチャイムは、憂鬱だった一週間から解放される二日間の休日の訪れを知らせる。
休日の予定を立てながら帰ろうとする生徒や部活へと向かう生徒で賑わいを見せる廊下をすり抜けて、俺たちは夕飯の買い出しをするためにスーパーへと向かっていた。
「良くん。晩御飯は何がいいですか?」
隣を歩く優奈が尋ねる。
「ナポリタンが食いたい」
「なるほど。ではスープは野菜たっぷりのコンソメスープにしましょうか」
「お、いいね。楽しみだ」
パスタに絡んだケチャップの匂いと、野菜の旨味が染み込んだスープが食卓に並ぶ想像をしてしまい、夕食はまだ先にもかかわらず腹が減ってきてしまった。かといってお菓子を摘んでしまえばせっかくの優奈の料理が台無しになってしまうので、グッと堪えることを決める。
スーパーに訪れると、俺たちはまず野菜コーナーへと向かう。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、その他後日に使用するであろう野菜を掴んでカゴの中に入れる。
今日の買い物は全面的に優奈に任せているため、俺は荷物持ちをやっていてカートを押している。
次にお肉コーナーに向かって、ベーコンを購入。ナポリタンにも野菜スープにも入れるつもりだろう。少し大きめのものを購入していた。
「あとはパスタとコーンの缶詰ですね」
「了解。とっとと済ませて帰りますか」
と言ってたが、ことはそう上手く運んでくれないようで、
「りょーちゃん!」
たまたま空いていたレジの方へと向かうと、毎度お馴染みのパートのおばちゃんがそこにいた。ここまでいくと、ある意味運命で繋がっているのかと思わざるを得なかった。
「二人でお買い物?」
「はい。夕飯の買い出しで。俺はただの荷物持ちですけど」
「まぁっ!随分と仲が良くなったものね!以前は話すどころか顔を合わせることもなかったのに!青春ねー!わたしも昔はそんなことがあったわー!」
「おかげさまで」
話しながら器用に品物のバーコードを読み込んでいく。まるで高校時代に戻ったかのように話すおばちゃん。優奈は少し困ったような表情を浮かべていて、「すまん」と顔で表現する。母さんもそうだがこういう恋愛話がお好きなようだ。
その後の質問もうまく躱して、なんとかスーパーから出ることができた。
「疲れた……」
食材を詰め込んだエコバックを片手に、俺は言葉を漏らした。そこまで重くないはずなのだが、精神的に疲労してしまったせいかいつもより重く感じた。
「……そういう風に見えてしまっているんでしょうか?」
優奈がボソッと呟く。
そういう風とはおばちゃんが言っていた一言。
『二人で夕飯の買い出しなんて恋人みたいね!』
彼女は今までそういうのを意識したことがなかったのだろうか。いや、以前同じようなことを言われたときは自分は関係ないという雰囲気を出していたが、今は少なからず反応を示している。
俺も似たようなものだ。
「さぁ。どうだろうな。仲のいい男女って思うやつもいるだろう。人によって見方は変わるさ」
平然を装って言ってみるが改めてそう言われてしまって、内心は結構動揺していた。
☆ ★ ☆
夕飯は言っていた通り、ナポリタンと野菜たっぷりのコンソメスープ。元から腹が減っていたため、ペロリと平らげてしまった。
夕食後、俺と優奈は共に食器を洗っていた。
なんとなく、近くにいたいと思ったからだ。そのため洗い物もすぐに終わった。
「どうぞ」
「おう。ありがとう」
俺たちは夕食後のティータイムを楽しんでいた。俺はコーヒー。優奈はカフェオレだ。一口飲んでホッと一息を吐く。
「コーヒーって苦くないですか?」
「慣れたら案外飲めるぞ。優奈も飲んでみるか?」
「遠慮しておきます」
提案してみるも刹那の勢いで拒否されてしまい、少し肩を落としてコーヒーを再び口にする。
「あ、そうだ」
俺は鞄を弄って、あるものを取り出して優奈の前に置く。銀色の淡い輝きを放つ鍵だ。
「これは?」
「俺ん家の家鍵のスペア。いちいちインターホンを鳴らすのも面倒だろ」
「いいんですか?」
「優奈は信頼しているし信用している。別に要らないなら大丈夫だけど……」
「いえ。そんなことありません。では……お借りします……」
「おう。お借りしてくれ」
優奈は銀色の鍵を小さな手に包み込む。
「これから毎日良くんの寝顔を拝みに行けるというわけですね」
「それはすごく嫌だ。見られるなんてちょー恥ずい。てかやっぱり返して」
「冗談ですよ」
優奈はポケットの中に家鍵をしまって、悪戯っぽく笑った。
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