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久方ぶりの親友との昼食

 夏休みテストを終えて、今日から通常の授業が再開した。

 教科書をめくる音。黒板に文字を書き起こすチョークの音。居眠りをしていた生徒を注意する先生の声。改めて二学期が始まったのだと実感させられる。


「ひっさびさの授業疲れたー」


 斗真が愚痴を漏らしながら、ふっくらジューシーに仕上がっている大きな唐揚げを頬張った。「そうだな」と同意を示して、味噌汁を口にする。


「それにしても良介と学食食うなんて久々じゃね」


「天野さんと一緒に食べるようになったからな」


 いつもならば優奈と二人で屋上で食べるはずなのだが、昨日は瀬尾さんからのお誘いがあったようで、今日は二人で学食を食べるそうだ。

 そのため俺も今日は斗真と二人で食堂に足を運びこうして食べているというわけだ。


「天野さんと昼飯食ってるってことバレたら、タダじゃすまないな」


「むしろ未だにバレていないことが不思議だよ」


 昼休みに屋上に訪れる生徒はおらず、時間差で向かっているためまず見られることはないのだが、二ヶ月も続いていればバレるのではないかと思っていた。

 だが誰も気づいている様子はなく、このことを知っているのは斗真と瀬尾さんだけである。ちなみになぜ瀬尾さんが知っているのかというと、互いに距離をとっていたとき、優奈が二人に相談した際にそのことを言ってしまったらしい。

 ついでに呼び方もいつもの柿谷くんから良くんになっていたそうだ。


「柿谷くんが美味しそうに弁当を食べてくれるのが嬉しいんだって」と後日、瀬尾さんからそう言われた。俺たちの仲を知っている以上、遅かれ早かれ彼女にも話そうとは思っていたし、誰かに言いふらすというような性格でもないので、その点に関しては心配していない。


「それでそれで、その後はどうなのよ?」


 頬張った唐揚げを飲み込んで、斗真は尋ねる。


「その後?」


「天野さんとの仲だよ。仲直りした後はうまくやってんのか?」


「やってるよ。ちなみにその質問、昨日も聞かれたけどな」


 二学期が始まり三日。彼は毎日そのような質問を飛ばしてくる。


「小学校時代から付き合いのある俺からしたらね。親友にようやく春が来たと思っているのよ。季節はもう過ぎちゃってるけど。とにかくそのチャンスをどうしてもモノにしてもらいたいわけ。あの魂の叫びを聞く限り、良介は天野さんに少なからず好意は抱いていると思うんだが。その点については?」


 そう質問してくれるのも、俺のことを心配してくれているからだ。小学校時代の出来事も、家の事情も知っている数少ない人物の一人。俺が辛い出来事を体験していることを知っているからこそ、斗真や瀬尾さんはお節介ながらもこうして気にかけてくれるのだ。


「ゆ……天野さんのことは……」


「言い直さなくていいよ。俺と話すときは呼びやすい方でいい」


 今となっては苗字よりも名前の方が呼びやすい。学校では意識をして名前で呼ばないように気をつけているのだが、彼には無理をしているのだが速攻でバレてしまったようだ。


「優奈のことは……少なからず想っている」


「回りくどい言い方しなくても好きなら好きって言えよ」


「言えるわけないだろ。もしフラれたらどうするんだよ」


「気持ちは分からなくもないけどさ。梨花と付き合う前は俺も遠回しな言い方してたし」


 「好き」と言ってしまうのは簡単だ。心に絡みついた重い鎖をすぐにでも解けるのならそうしたい。だがどうしても出てこないのだ。その二文字からは想像もできないほどの重さがのしかかっていて、それを彼女に投げても受け取ってくれるかどうかは分からない。  

 一度、今の関係を自らの手で壊しかけたのだ。もし断られて今度こそ壊れるぐらいなら、今の関係で居続けたいと思ってしまうのだ。


「別に俺は今の関係のままで充分だ」


 俺は鮭の切り身を口に放り込んだ。


「じゃあ仮に天野さんに好きな人ができたら?」


「え?」


「天野さんが好きになった人も彼女のことが好きで両思い。もし付き合ったら良介との関係なんてあっという間に崩れ去っちゃうよ。まず隣には居られないだろうね」


 斗真に言われて初めて気づいた。考えてもいないことだった。今は優奈に好きな人がいないから俺がその場に立てているだけであって、相応しい人間が現れてしまったら俺が座っていた椅子がそいつの手に奪われてしまう。


 彼女が笑っている姿が隣で見られない。料理をしている姿も、拗ねている姿も見ることができない。全てその男のものだ。そう考えると心が少し締め付けられるように痛くなる。


「じゃあどうしろっていうんだよ」


「玉砕覚悟で告るしかないだろ」


「玉砕したらダメなんだよ」


「安心しろ。骨は拾ってやる」


 何もせずにいたらいずれその場に奪われてしまう可能性がある。かと言って焦ってしまいフラれてしまったら今の関係は完全に崩壊してしまう。

 どの道を選んだとしてもリスクはついてしまう。俺は項垂れること以外できなかった。


 斗真は味噌汁を啜って「まぁ」と言葉を続ける。


「少なくとも今の現状で、天野さんの評価が一番高いのは良介だよ。それもぶっちぎりで。さっき適当に言ったけど誰かに盗られるっていうことは可能性的には低いと思う」


「でもゼロじゃないんだろ」


「この世に可能性ゼロは存在しない」


 その後昼食を済ませて午後の授業を受けたのだが、


 (もし優奈に好きな人ができたら……)


 今まで考えもしなかったことに思考が持っていかれてまともに集中することができなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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