姫の応援
「なんでそう思うのですか?」
天野さんは首を傾げて逆に問いかけられる。
「いや、あれだけ告白されているだったらいいなって思う人の一人や二人ぐらいいるかなって。ほら、ニ個上の一番人気先輩だって告白してきたんだろ?」
「一番人気先輩……?あぁ、川上先輩のことですか?」
「すまん。名前は知らん」
「なんていうか。第一印象で下心が丸出しだったので。口を開いた瞬間、ごめんなさいって断りました。それでも諦めが悪かったので足を踏んづけました」
一番人気先輩。いや、川上先輩。予想以上にひどい振られ方をしたんだな。誰がどう見ても悪いのは川上先輩なのに、なぜか同情してしまった。
「なんでそんな質問を?ひょっとしてわたしの事狙ってます?まさかお裾分けも……」
「んなわけあるか」
「ですよね。もしそんな目的で近づいてきたのなら往復ビンタの刑でした」
「こわ」
「冗談です」
「冗談とは思えないトーンだったのは気のせいか?」
「さて、どうでしょう」
天野さんがフッと笑みを見せる。
「そういえば、次の授業は体育でしたね」
「あぁ、確か体力テストだったな。シャトルラン嫌いなんだよな」
別に体力がないわけではない。日頃からジムに通っているので並程度の体力はあると思う。だがシャトルランは大嫌いだ。
「女子は?」
「わたしたちは今日からバスケです。体力テストはもう終えたので」
「羨ましい」
俺はポケットからスマホを取り出して、時間を確認する。五限目の授業は一時半から。今は一時十分。少し早いが、体操服に着替えなくてはいけないため、早めに戻るとしよう。
「校内でスマホは禁止ですよ」
「バレなきゃいいんだよ」
そんな俺を見て、本日三度目のため息。
てか天野さんにめっちゃ呆れたような目で見られてね?評価ゲージがMAX百だとしたら、今はよくて十五くらいだろうな。
「じゃあ、先戻るわ」
「はい」
そう言って、俺たちは別れた。
☆ ★ ☆
「はあっ」
「どうした?嫌なことでもあったか?悩みがあるのなら聞くぞ」
隣にいる斗真が俺の様子を見て、そう言った。
「シャトルランなんてやりたくねぇ」
「なんだそんなことか。仕方ないだろう。クラス平均が百回超えないと終んないんだから」
そう。このシャトルランは平均で百を超えない限り終わることはない。まさに地獄なのだ。
「前のシャトルランで、俺は百二十八回と大記録を叩き出したんだ。もうあれ以上の記録を出せる気がしねぇ」
シャトルランは生徒の一番良い記録が、シャトルランの成績に反映される。運動部、特に野球部やサッカー部は百を超えており、このクラスのトップは斗真の百二十八回である。
だが、その他の生徒の記録は七十。よくて八十だ。俺も最高で九十回だ。
「良介。このシャトルランが終わるかどうかはお前にかかっているんだ。しっかり頼むぜ」
「俺一人でどうにかなるんなら、とっくの昔から頑張っているさ」
準備体操を終え体育館の周りを三周。ウォーミングアップを終えた俺たちは、スタートラインである白線に並んでいた。
「おーし!それじゃあ始めるぞ!シャトルラン終わっていないのお前らだけだからな!気合い入れていけよー!」
威勢の良い声を俺たちに飛ばすのは、体育教師だ。やりたくないシャトルランをやっている時点で気合いなんて入るわけにもないだろうに。
「それでは始めます。三、二、一、スタート」
女性の声と同時にシャトルランが始まりの合図である音楽が流れた。
とりあえず平均の百回はやらないといけない。最低限それはやらないと、文句を言うことができないのだ。
始めはゆっくりな音楽。
途中で歩く生徒もいて、体力の消費を抑えている。隣にはペースメーカになる斗真がいるので彼についていくことにする。
徐々に音楽のスピードが上がっていく。
みんなも今回で終わらせようと、必死にくらいつく生徒も見受けられる。
しかし、六十回を超えたあたりから文化部の生徒たちが脱落していく。しかし、彼らも前回より十回更新している。
ハァッハアッと息が少しずつ上がっていく。
「良介。あと四十回だ。頑張れよ」
汗をかいているものの、斗真の表情からは余裕であることが見てとれる。他の運動部の生徒もまだ余裕はありそうだ。運動部様々だぜ。
八十回に到達した。
足が重い。呼吸が苦しくなってきた。
「ハァッハアッ。いいぞ良介。あと二十回だ!」
斗真も流石に息が上がっているが、こうして俺に声をかけてくれる。
九十回に到達した。
斗真の声が聞こえなくなってきた。
やべぇ。きつい。だからシャトルランは嫌なんだ。あと一往復で辞めようかな。とそのときーー
「あー疲れたー」
隣の体育館でバスケを終えた女子生徒たちが戻ってきた。
「あ、男子はまだシャトルランやってるんだっけ?」
「がんばれー」
と、軽く声をかけてくれる生徒もいた。
そして俺の視界には天野さんが映った。彼女の姿を見た男子生徒は、最後の力を振り絞るように走った。
だが俺には関係ない。
辞めようとしたそのとき、彼女は俺の方を見て、何かを言っているようだった。声は出していない。口パクで何かを言っているようだった。
ん?なんだ?
彼女の口の動きを読み取る。
「が・ん・ばっ・て」
天野さんは口パクでそう言った。
あぁもう!まるで乗せられているようだが、頑張れと言われた以上、やらないわけにはいかない。俺も足に力を入れて、食らいつく。
「ハァッハアッ。いいぞ……良介……もう百回だ!」
斗真がそう言っていたが、俺の耳には全く聞こえていなかった。百回を超えてなお、俺は続ける。
「マジかよ……!そうこなくっちゃ……!」
斗真は嬉しそうに言った。
結果は百十五回。
俺の最高記録を二十回以上上回る結果となった。
俺は疲れたてて、壁にもたれかかるように座り込む。
やべ。死ぬ。死んじゃうわ。
そう思いながら、天野さんがいた方向に目をやる。女子生徒たちはシャトルランの様子を見ており、彼女もその中にいた。
やがてこちらに気がつき、口パクで何かを言った。
「お・つ・か・れ」
そう言って、彼女は微笑する。
ありがとなと心の中で呟き、走り続ける斗真の姿をただ見ていた。
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