表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/352

甘えるとは

 二学期初日の学校は、中村先生からの少し長めのHRから始まって、始業式、その他諸々の連絡事項という流れで午前中で終わりを迎えた。


 明日は夏休み明けテスト、明後日からは授業が始まる。教室からは久しぶりの学校で疲労混じりのため息と、明日のテストに対して「嫌だねー」などと文句が聞こえてきた。テストと言っても一学期の復習みたいなものであり、成績に影響を与えるものではない。一学期の復習も行っていたのでテストに関しては問題はないだろう。


「あー美味しかった」


「お粗末様でした」


 優奈の家で夕食を食べ終わった俺は、膨らんだお腹をさすりながらソファーに座り教科書に目を向けた。念の為の最終確認である。


「良くん。だいぶ顔色が良くなりましたね」


「優奈のご飯が美味いからだよ。ありがとうな」


「褒めても何も出てきませんよ」


「本心なんだけどなぁ」


「ふふっ。ありがとうございます」


 あの日から食欲も少しずつ戻って、今は以前と変わらないくらいまでになった。いや、むしろ優奈が作ってくれたご飯は以前よりも食べるようになった気がする。美味しいのはもちろんなのだが、胃袋以上に心が満たされるのだ。


 まだ彼女に警戒されていた頃、一度お裾分けで筑前煮をもらったときもそうだったのだが、完全に胃袋を掴まれてしまっている。第二の実家の味と言っても過言ではない。それほどまでに俺の口が、全身の器官が彼女の料理を求めてしまっているのだ。


 教科書に向けていた視線を優奈に移す。彼女は上機嫌な様子で洗剤で食器を洗っていた。


(一日一回、わたしに甘えてください)


 唐突に言われたその言葉。どのような意図があってそれを言ったのかは分からない。

 あの出来事から、俺が甘えると誰かを傷つけてしまう、失ってしまうという極度の思い込みがあった。

 別に甘えるということを全否定しているわけではない。少なからず好意を持っているもの同士であれば当然ある行為である。


 俺も優奈に好意な感情は抱いている。というか正直好きになっている……と思う。あそこまで弱い自分のことを見て、それでも彼女は受け入れてくれたのだ。


 完全に恐怖が消えたわけではない。

 でも頼ってくれと、甘えてくれと優奈は言った。そう強く言ってくれたのだから、少しは寄りかかっていいのかもしれない。


 とはいえだ。その肝心のことが思い浮かばないのだ。料理を作ってもらっているだけでも甘えに入るのではないかと思う。だがそれを言っても、優奈は納得をしないはずだ。だとしたらわざわざあんなことは言わないだろう。


(やってもらいたいこと……やってもらいたいこと……)


 再び教科書に目を向けるも、内容がまるで入ってこなかった。


「良くん。隣いいですか」


「おう。いいぞ」


 食器洗いが終わった優奈が教科書を持って俺の隣に座ると、少し身体を傾かせて俺の肩にもたれかかるような態勢をとった。最初の方こそ動揺していた俺だが、今となってはそれが当たり前のようになってしまった。


 肩がくすぐったい。優奈が気持ちよさそうに頭をすりすりしているのだ。そしてこちらをチラッと見上げると、はにかんでみせる。


「どうした?」


「なんでもないですよー」


 そう言ってまた頭を擦り付けてきた。

 一週間分の反動からか。今まで以上に甘えてくるようになった。これぐらい素直になれたらな。と思いつつ、手を優奈の頭に乗せて優しく撫でる。こうすると嬉しそうに笑ってくれるのだ。


「可愛いな」


 何も考えず、ふと発した言葉だった。優奈は顔を上げ、大きく綺麗な瞳を向けてくる。


「いきなり言うなんて反則ですよ……」


「ごめん……でも本当に可愛かったから……」


 猫のように擦り寄ってくる姿を見たら、そう言ってしまうのも仕方がないだろう。優奈は「もう……」と呆れたような、恥ずかしいと言うような感情の声音で発する。


「ずるいです」


「本当のことを言っただけだよ」


 嘘をつくという行為が彼女を一番傷つけることだと知ったから。それはつまり、自分の気持ちに正直になるということで。


 俺は優奈の背中に手を回して、優しく抱き寄せる。


「一日一回甘えるっていうやつ」


 側に彼女がいると感じたい。口に出すと気持ちが悪いので、心に置き止めて行動で表現する。


 優奈も教科書を近くに置いて、一定のリズムでポンポンと背中を優しく叩いてくれた。彼女の温かさと優しい香りに包まれて、フッと心が軽くなったような気がした。


「優奈……」


「大丈夫。わたしはここにいますから」


 耳元で囁く彼女の言葉に俺はコクリと頷く。全てを受け入れてれる優奈の姿が聖母のように感じる。優奈になら、自分の弱いところも曝け出していいのかもしれないと、そう思った。


「あのときみたいに……頭撫でてくれるか?」


「はい」


 クスッと笑うと、小さい手が俺の頭部に触れて、優しく撫でる。まるで小学校のときに戻ったような感覚に襲われて、しばらくの間ずっと頭を撫でられていた。

お読みいただきありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ