相談
「甘えるって……どうしたらいいんだ?」
「良介。変なものでも食ったのか?」
聞き間違いじゃない。と確信した斗真は心配そうな表情で俺を見つめる。彼を襲っていた眠気は、俺の発言によって完全に吹き飛んだようだった。
「いや、いつも通りの朝食だぞ」
そんなことはずないし、仮にしようものなら優奈の評判を落としかねない。それこそ彼女に見限られてしまうだろう。
「なら身体のどこかに異常があるのかもしれない。今日はもう帰って病院行って隅々まで見てもらえ」
「身体はいたって健康なんだが。急にどうしたんだよ」
「それはこっちのセリフだわ。なんでそんなこと聞いてきたんだよ」
彼は面食らった表情を浮かべていた。
ことの理由は仲直りをした翌日。
優奈の口から「二学期から一日一回、わたしに甘えてください」と唐突に言われたからだ。
いきなりそんなことを言われても、あの出来事以来、人に甘えないように生きてきた俺にとってはかなり難題である。「優奈にそう言われたから」なんて素直に言えるはずもなく、
「だって斗真、いつも瀬尾さんに甘えてるから。どんな風に甘えてるのかなって。興味本位っていうか、なんとなく気になったんだよ」
と、苦し紛れな理由を言う。なんとなく気づかれるのではないかと斗真の様子を伺うが、彼は顎に手を当てて「そうだなー」と呟き視線を天井に向けていて、気づいている様子はなかった。
「そこらへんのカップルと一緒だと思うけどな。急にバックハグしてみたり耳かきしてもらったり、頑張ったご褒美に頭撫でてもらったり……やべっなんか恥ずいなこれ」
頬を紅く染めながらも表情を緩ませて言う斗真。瀬尾さんも斗真にぞっこんであるため、人前のときは嫌がる素振りは見せるものの二人きりのときは存分に甘やかしているのだろう。
「とりあえずやってもらいたいことを言ってみるのが一番じゃないか?」
「やってもらいたいことねぇ」
一緒に過ごせているし夕食も作ってもらっている。これ以上望むものが果たしてあるのだろうか。変に欲張って全てを失うぐらいなら今ある日々を大切にしたいと思うのだが、アドバイスを求めて答えてくれた親友の意見だ。後で考えるとしよう。
「なぁなぁ。俺からも一つ聞いていいか?」
「ん?」
「いつから天野さんのことを名前で呼んでんの?」
「ゴホッ!ゴホッ!」
斗真は耳打ちする。そうしたのは誰にも聞かれぬようと彼なりの気配りだったのだと思うのだが、俺は思わず咳き込んでしまう。生徒の数人がこちらをチラッと見ていて、優奈も振り返って心配そうにこちらを見つめていた。
「な、なんのことですかね?斗真くん」
「ちゃんとボロ出てたぞ。飯も作りあってるそうじゃないですか。お姫様の手料理を口にできるなんて、王子様は羨ましいっすねー」
斗真に本音を曝け出したときか。あのときはただ想いをぶつけることだけを考えていて、慣れた方の呼び方で呼んでしまったのだろう。そうだとしても迂闊だったと今となって思う。
「ありがたいことにな」
「互いの家行き来してんの?天野さん一人暮らしって言ってたしできなくはないよな。まさか同じアパートに住んでるとかって……流石にそんなことはないよな」
と、彼は笑いながら言う。一瞬ドキッとさせられるも俺は「当たり前だ」と返す。
いつか斗真や瀬尾さんに、堂々と一緒のアパートに住んでいると言えるようになりたいと強く思った。
「名前の件に関しては……二、三ヶ月ほどくらい前からかな。誰にも言うなよ。斗真だから言ってんだから」
斗真が口が堅いことは知っているが、念のため釘を刺しておく。これ以上、生徒から(主に男子生徒)の視線の圧が強くなるのは勘弁だった。「分かってるよ」と彼からの言葉も聞けたことで、俺はホッと胸を撫で下ろした。
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