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仲直り

「ん……」


 俺は目を覚ます。お腹には薄いタオルがかけられていた。寝てしまっていたのだろうか。散々泣いたあとだからか、水分が蒸発してしまって乾燥している。


「優奈は……」


 胸がざわつく。少し前まで隣にいてくれた小さな少女がどこか遠くへと行ってしまったような気がして、立ち上がり室内を見渡す。


「あ、起きました?」


 キッチンの方から声がする。慌てて向かうと優奈の姿があった。おにぎりを作っていたようで、完成品は大きい皿の上に並べられていた。

 IHコンロには鍋が置かれていて、食欲をそそる香りが鼻をくすぐった。


「時間も時間なので簡単なものですけど……豚汁と塩おむすびを作りました。勝手にキッチンを使ってしまったことは謝ります。でも……良くんの姿を見て、あまり栄養を摂取していないと思ったので……それに一気にたくさんの量を食べてしまうと身体もびっくりしちゃうので。少ない量でも栄養がたくさん摂れるものをと思って」


 まさかそこまで見破られていたとは……そこまで弱々しくなっていたのかと思う。自分ではそうは思わないのだが、相手からはそう映っていたのだろう。

 時刻は六時を少し回った頃。夕食にしては少し早いと思っていたのだが、その香りに当てられてから腹の虫が鳴る。それを聞いた優奈はクスッと笑みを見せて、


「とりあえず顔を洗ってきてください。その間によそっておきますから」


「あ、あぁ」


 洗面台へと向かい、水で顔を洗う。予想通り酷い顔をしている。目は充血していて見事に腫れ上がっている。

 少しスッキリしたところで食卓へと向かうと、野菜たっぷりの豚汁と三角に握られたおにぎりが並べられていた。


「食べましょう」


 椅子に座り手を合わせて、豚汁を一口飲む。

 味噌と野菜の旨味が染み渡る。その温かさは身体だけではなく心すらも満たしてくれる。具材も食べやすい大きさにカットされていた。


 次に塩おむすびに手を伸ばして、食べる。

 薄すぎず濃すぎず、絶妙な塩加減だ。それが余計に食欲を掻き立てて、頬張った。


「美味い……」


 一週間、何を食べても美味しいと感じることができなかった味覚が蘇る。口の中に広がるそれを噛み締めるかのように、目の前にある食事を夢中に食べた。それを嬉しそうに見つめながら、彼女も夕食を食べていた。


☆ ★ ☆


 食器を洗い、俺たちは肩同士が触れるか触れないかの距離感でソファーにかけていた。


「優奈。俺、どれぐらい泣いてた?」


 抱きしめられながら泣いていたところまでは覚えているが、後のことはあまり覚えていない。気がつけばソファーで寝ていたのだ。


「三十分ほどですかね。泣き止んだと思ったら寝息が聞こえて。本当はベッドで寝て欲しかったんですけど良くんを運ぶ力はわたしにはなかったので風邪をひかないようにタオルだけ持ってきて。一時間くらいは寝ていましたよ」


「何から何まで……本当にごめん……」


「良くんの寝顔も見ることができたので、役得ですよ。でもその様子だとわたしが膝枕をしてあげていたことは覚えていないんですね」


 思わず目を見開く。そんな様子を楽しむように彼女は笑みを作った。それだけぐっすり眠っていたということか。一週間、食欲がなくなっただけではなくまともに眠ることができなかったから……


「あのさ。優奈」


「はい」


 優奈が真っ直ぐ見つめる。俺の今の想いを、願いを彼女に伝えなければいけない。一回深呼吸をして、俺は言った。


「ごめん……傷つけてごめん……酷い言葉を言ってごめん……泣かせてしまってごめん……悲しい想いをさせてごめん……」


「本当です。言われたとき結構ショックだったんですよ。家に帰ってからどれだけ枕を濡らしたことか」


「その……わがままだってことは分かってる……でも……俺はまた優奈と一緒にいたい……許して……くれるか?」


 震えた声で言った。優奈の返答にありとあらゆる神経を聴覚に集中させて、言葉の一つも聞き落とさぬようにと耳を澄ませた。


「一つだけ……お願いを聞いてくれたら許してあげます」


 優奈は人差し指を立てて言った。そのお願いというものに首を傾げつつも、


「お願いを叶えたら……許してくれるのか……?」


「はい。とても簡単なお願いです」


「分かった。何をすればいい?」


 簡単とは優奈の口から聞けたので、それほど無茶苦茶なお願いではないのだろうけど、俺はごくりと唾を飲み込む。だが彼女が許してくれるのなら、俺の願いがそれで叶うのならばどんなお願いでも叶えるつもりだ。


「両腕をめいっぱい広げてください」


「分かった」


 指示通り両腕を広げる。

 今のところ彼女のお願いの内容が見えない。おそらく俺の頭の上に、はてなマークが浮かび上がっているだろう。


 しかし次の瞬間、俺はその意味を理解させられることになる。優奈が飛び込んできたのだ。俺の胸に顔を埋めて背中に手を回し、離さまいと力強く抱きしめられた。


「お、おい……」


「しばらくこうさせてください……」


 驚きを隠せない俺に、優奈は顔を上げてそう呟く。上目遣いでそう言われては何も言えない。

 頭をすりすりと擦り付ける様子はまるで小動物みたいで愛おしく感じてしまう。


「優奈……」


「この一週間……本当に寂しかった……拒絶されたんだと思って…………良くんが遠くにいっちゃうんじゃないかって……そんなことを考えるのが怖くなって……」


 優奈は胸の中で小さく震える。荒く、そして熱い吐息が漏れる。先程はいつもと変わらない表情で茶化すように言っていたが、俺が酷いことを言ってしまったと一週間後悔していたのと同じように、彼女も俺の言葉に傷つき、悲しみに暮れていたのだ。辛くないわけがなかったのだ。

 

 気がつけば、華奢な身体を抱きしめていた。

 柔らかくて、とても熱かった。優奈は驚いたように身体を震わせるもお構いなしに、彼女の熱を感じるために抱き寄せていた。


「もう絶対に優奈を突き放すような真似はしない。俺が側にいるときは悲しい思いも辛い思いも絶対にさせない」


 俺は誓いの言葉を捧げた。泣いた顔は見たくなかったから。俺といるときは太陽のように眩しい笑顔でいて欲しいと思ったから。


「……絶対ですか?」


 再び顔を上げて優奈が尋ねる。


「絶対だ。誓うよ」


 今はまだ説得力がない。信じてもらうために行動で示していく。それが今の俺がやるべきことだ。


「離さないでくださいね」


「離さないよ。あんな辛い思いをするのはもうこりごりだ」


 より一層強く抱きしめる。自分でやっておいてなんだが、と付け足すと「そうですね」と言葉を発して俺の胸に頭を埋める。そんな彼女の頭を、俺は優しく撫でた。

お読みいただきありがとうございます。


これにて一章は終了ということで、次話からは第二章、二学期編のスタートです。さまざまな行事が二人の仲をより一層……


まぁ色々ありますが温かく見守ってくださいませ。

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