身勝手で醜いお願い
前話のサブタイトルを修正し、今話のタイトルを62話のものに変更しました。
今日の22時にも投稿予定です。
昨日までは雲一つない快晴で肌が焼かれるほどに太陽が照り付けていたのだが、今日は曇天が空一面に広がっていた。まるで俺と優奈の今の状況を表しているかのように。
俺が言ったこの一言に、優奈は驚いたように目を見張り桃色の唇を震わせていて、まるで理解が追いついていないといった様子を見せていた。
「い、いきなりなにを言ってるんですか?」
「そのままの意味だ。この関係に終止符を打つ」
「そんなの、はいそうですか。なんて言うわけないじゃないですか。そんなの……」
彼女は首を横に振って俺の発言を真っ向から否定すると俯いた。
だがもう決めたことだ。目の前に座っている少女と今後一切関わらない。それは優奈のためでもある。だからそれを自分勝手なその願いを受け入れてもらうために、
「お前は……昨日の俺を見てどう思った?ただ震えている俺を情けないと思ったか?それともカッコ悪いと思ったか?」
「思っていません」
「思ってるよ。昨日のあいつが言っていたことは正しい。臆病で何もできない弱虫。なんでそんなことを昨日まで忘れていたんだか……」
俺は苦笑を浮かべて髪を掻きむしる。これは自分自身に向けた呆れた笑みだ。全く情けなくて仕方ない。
「お前が強いと言ってくれた俺も。優しいと言ってくれた俺もここにはいない。これ以上優奈と関わっても、迷惑をかけてしまうだけだ」
「それは良くんがそう思ってるだけでしょう?わたしは迷惑だなんて思ったことはありません」
俺がどれだけ突き放そうとしても、優奈は決してその手を離してくれない。俺と関わって傷つかせたくないのに、迷惑をかけたくないのに、彼女は決してそれを許してくれない。
「……もう、疲れたんだよ」
「えっ?」
それは咄嗟に出た言葉だった。
「お前と一緒にいるようになってから、噂にされるようになって、急に勝負ふっかけられて、もう疲れたんだ」
俺は何を言っている?そんなことは思っていない。本音じゃない。やめろ。今すぐその口を閉じろ。
「何をするにしても人目を気にしないといけなくて、それがどれだけ苦痛だったか」
だがその言葉が止まることはない。頭の中から噴き出る表現できない歪んだ感情を、優奈に八つ当たりをするという形で放出される。
「薔薇色の学校生活じゃなくてもいい!灰色でも、黒色でもいい!ただ俺は静かに暮らしたかった!クラスの隅っこでひっそりと!あんな想いはもうたくさんで味わいたくなくて、ただそれだけのために必死にやってきたのにそれなのに……お前と関わったから……」
声を荒げて言っているが、こんなものはただの責任転嫁だ。優奈は何も悪くない。俺は四ヶ月共に過ごした思い出の否定をしている。こんなの屑の所業でしかない。
「だから……この関係を終わらせる。これからは同じアパートに住んでいるただのクラスメイトだ」
無茶苦茶に言葉を並べてまるで何も考えずに話す子供のように。整合性なんてかけらもない。
ひとしきり話しきった俺は息を切らしていた。呼吸をまともにせず早口で話してしまったせいだ。
「そう……ですか……」
彼女はそう呟くと、立ち上がる。
スッと一筋の光が彼女の頬から流れる。目元には涙を溜めて、震えていた。
「そうですよね。そもそもあのとき、あの夜の公園で声をかけなかったら、わたしたちはただのクラスメイトのままでいられたのかもしれない……あのときわたしが学校を出る時間をずらしていたら、素行の悪い生徒に絡まれることもなく助けを求める必要もなかったのかもしれない……もし……あのとき……」
違う。こんなことを言わせたかったんじゃない。何か言わなければ。その責任を、俺が背負うべきはずの責任を彼女も背負うことになってしまう。しかし言葉が見つからない。繋ぎ止めようとするも、頭は真っ白になっていた。
「この四ヶ月の出来事は綺麗さっぱりに忘れます。一緒に勉強したことも、買い物や水族館に行ったことも。花火を見たことも。柿谷くんの実家で過ごした一週間の日々も……」
呼び方が名字に戻っていた。ただのクラスメイトに関係が戻るのなら、それも当然のことか。
「お義母さま……沙織さんには……」
「しばらくしたら俺から上手く説明しておく。まぁ最初は納得しないだろうが、受け入れてくれるだろう」
「そうですか……今日はもう帰ります。用事を思い出しまして……さようなら、柿谷くん」
「あぁ」
そう言って優奈はリビングを去る。玄関のドアが開く音がしてしばらくしたのちドアの閉じる音がした。
ーーさようなら。
悪夢で優奈も発したその言葉が、正夢となって俺の前に現れた。
違う。何もかもが違う。
これ以上傷つかせたくないがために優奈を遠ざけようとしたのに、結局は俺が彼女を傷つけてしまった。傷つけてしまったから、俺から離れていった。これではあのときと何も変わらない。何も変わっていない。
ーーいや、これでいい。これで良かったのかもしれない。
俺と関わらなければもう優奈が嫌な想いも、辛い想いも味わう必要はない。目的は達せられた。これでまた、あの頃のようにひっそりと静かにいつも通りの日々を過ごせばいい。学校に行って家事をやって勉強をして、それからーー
自分で決めてやったことなのに心にポッカリと穴が空いた感覚が全身を襲う。何かで埋めようとしてもそれは筒抜けてしまい、決して埋まることはない。
外の景色に目を向ければ殴りつけるような大雨が降っていて、まるで自然からお前には救いはないとそう言われている気がした。
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