姫とプリクラ
そのあと二レースほど終えて、俺たちはドライブゲームから離れる。久々なだけあって結構熱中してしまった。
ちなみに残りの二レースは俺の勝利だった。
優奈の方を見ると頬をプクッと膨らませて「悔しいです……」と言い、不機嫌な様子を表していた。
「まぁまぁ。機会があればまたやろうぜ」
最後のレースは中々いい勝負でどちらが勝ってもおかしくなかった。今度やったら優奈に勝ち星を譲ってしまうかもしれない。だが負けたときの優奈の膨れっ面を見れなくというのももったいない気がするので次も勝つつもりだ。
「他にはどんなゲームやりたい?」
このゲームセンターにはドライブゲームの他にも
クレーンゲームやシューティングゲームなど様々あって時間を潰すにはもってこいの場所だ。
優奈は辺りをぐるぐる見渡しながら、どこに行こうか悩んでいる。
「じゃあ、あそこに行きたいです」
そう言って小さな歩幅で歩き出す。俺も彼女の後を追った。そこには一つの箱が設置されていた。
「プリか」
「プリ?」
聞き慣れない単語に可愛らしく首を傾げる。
「プリクラって言うんだ。写真の背景とかポーズ選んで撮影したら、加工したり文字とかスタンプとかデコレーションしたりとかすんの」
優奈の場合は変に目や睫毛を加工しなくても充分可愛いのだが。「まぁ、撮ったことないんだけど」と付け加える。
「それじゃあ、一緒に撮りませんか?」
「いいけど……やり方知らんし、俺とでいいのか?」
「操作方法は入れば書いてあるでしょうし、それにわたしは……良くんと撮りたいです」
はにかんで言う優奈にドキッとさせられる。「分かった」と小声で言うと、嬉しそうに「じゃあ入りましょう」と俺の手を引いて、プリクラの中へと入った。
「案外広いのな」
広さは1.5畳くらいで大人数でも撮影できる。十人くらい入っても問題ないだろう。撮影するのに四百円必要で、割り勘で二百円ずついれる。
写真の背景を選択すると、いよいよ撮影が始まった。
「ぽ、ポーズとかどうしましょう?」
「機種におすすめのポーズとか書いてあるからとりあえずその通りに……」
とは言ってもお互い初めてであたふたしていると一枚目のシャッター音が響いた。
「とりあえず無難にピースでいいんじゃないか?」
「そ、そうですね。まずは定番のポーズを」
俺たちは両手でピースサインを作ってしばらくすると、パシャっと二枚目が撮影された。なんとか一枚まともな写真を撮影できてホッと胸を下ろす。
少し慣れてきたのか、三,四,五枚目はウサギの耳や可愛らしく猫の手、獰猛なライオンのポーズを作った。
「あと二枚、どんなポーズにするか……」
動物の真似ばかりというのも飽きてきたので、何にするかと悩んでいると、優奈が服の裾をくいっと引っ張る。
「ん?どうした?」
「……すみません」
謝罪の言葉を述べるとキュッと抱きついてきた。
「嫌だったら、すぐに離れます」
六回目のシャッターが切られる。残りはあと一回。
二人だけの空間に沈黙が訪れる。俺は彼女の手をそっと離した。
「ごめんなさい。急にこんなことして……」
申し訳なさそうに優奈が謝る。悲しげで泣きそうにも見えた。
「違う。そういうわけじゃなくて……」
「え?キャッ!」
俺は彼女の肩に手を回して、自分の身体に密着させる。驚いた声を上げた優奈は、顔を上げてこちらを見上げた。
「嫌なわけないだろう。むしろ……嬉しかった。だから今度は俺の番。少し乱暴に抱き寄せたのは悪かった。それとも、嫌か?」
「嫌だったらわたしからあんなことはしませんし、抱き寄せてきた時点で足を百回踏みつけています」
「踏みつけられるのは嫌だなぁ」
「良くんにはしないので安心してください」
「ポーズは……どうする?」
「このままでいいんじゃないんですか?」
優奈は自分から身体を寄せてきた。腕だけにあったあの感触が、今では全身を襲っている。
ほんの少しでも力を入れたら折れてしまうのではないか、壊れてしまうのではないかと思うほどの華奢で軽い身体だ。
「そ、そうだな」
俺が抱き寄せて、優奈が密着するといった形で最後のシャッターが切られた。
ここからはデコレーションの時間である。制限時間があるため、手早く行わなければならない。
とりあえず自分の写真の下に名前でも書いておく。動物のポーズで撮った写真に関しては、それぞれ擬音を付けることでそれっぽく表現した。
「良くんのこのウサギのポーズ可愛いです」
「それを言うなら、優奈のライオンのポーズしてるときの顔だって同じこと言えるぞ」
制限時間いっぱいまでデコレーションをして、ケータイに撮ったプリを送ると、取り出し口から大小の写真が出てきた。
「おぉ。これは中々」
「面白かったですね」
最初と最後は少し照れくさそうな表情になっているが、これもいい経験だなとそう思った。
「斗真たちには内緒な」
「分かっていますよ」
笑いあってプリクラをカバンにしまい、外に出る。周辺に斗真や知り合った顔ぶれはないので少し安心した。
「次はどうしようか」
「良くんのやりたいところでいいですよ」
「それじゃああそこのシューティングゲームかな」
俺たちはゲームセンターを再び歩き出した。
☆ ★ ☆
「あー楽しかったなー」
一通り遊び終わり、俺たちは集まっていた。満足いったような表情を浮かべている斗真。片手には袋を持っていてサメのぬいぐるみがヒョコンと顔を覗かせていた。
「クレーンゲームで取れたんだよ。結構苦戦したけどな」
「ニ千円も使っちゃって……そんなにこれが欲しかったの?」
瀬尾さんが尋ねると、斗真が頷いてその袋を彼女に差し出す。
「梨花にあげようと思ってたから。サメのぬいぐるみ見てたから欲しいのかなって」
彼は純粋な笑みを見せた。「ありがとう……」と恥ずかしそうにしながら、瀬尾さんは袋を受け取ると、笑顔になってそれを抱きしめた。
「斗真悪い。ちょっとトイレ行きたい」
「おけ。俺たちはゲーセン出たとこのすぐ前で待ってるわ」
俺は小走りでトイレへと向かう。
心の奥が熱い。
ハウォーレには何度も遊びに来たことがあるのに、これほどの充実感を得られることはなかった。斗真たちとこうして一緒の時間を過ごしたからだろうか。心の余裕ができたからだろうか。
それとも……優奈と一緒に遊んだからだろうか。これまで何度も出かけたことはあるが、今日は一段と有意義な時間だったと思う。
(優奈は……俺のことを好いてくれているのだろうか?)
ああして密着してくれたりしてくれているというのはそういうことなのだろうとつい勘違いをしてしまう。俺も優奈に対する感情は恋愛感情というものに近いのかなと、特別な存在と思っているのかと、最近思うようになった。
安心するし楽しい、もっと一緒にいたいと強く願うようになった。そんな日々がこれからも続いてほしいとそう思った。
柄にもないことを考えてるなと思いつつ、用を足して手を洗い、ハンカチで拭きながら斗真たちがまっているであろう場所へと向かう。
「……ぁ」
俺は立ち止まった。
夏祭りで見かけた最も会いたくなかった人物と偶然にも出くわしてしまったからだ。
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