共同作業
ガチャっと鍵が開いた音がすると、玄関から楽しそうに話す二人の声が聞こえてきた。
「ただいまー」
「ただいま戻りました」
優奈と母さんがリビングに姿を見せる。
二人の手には紙袋で塞がっていた。さきほどの二人の様子から見て満足のいく買い物ができたのだろう。
「おかえり」
「いやーつい買いすぎちゃった」
母さんはペロッと舌を出して笑みを見せる。
「お義母さま。これだけの洋服を買っていただいて、それにお金もいらないって……」
「いいのいいの!わたしも娘と買い物できて楽しかったし!これは今日付き合ってくれたお礼!」
娘って。確かに昔は、「娘ができたら二人でショッピングに行ってお洋服とかたっくさん買ってあげたいわー」と口にしていた。いずれ娘になる(母さんの勝手な妄想)優奈と一緒に買い物できたことがよほど嬉しかったのだろう。
「お義母さま……ありがとうございます……」
優奈は深々とお辞儀する。「いいのよ」と母さんは微笑みを浮かべて頭を優しく撫でた。
夏休みに会えるはずだった両親が帰ってくることができず、その寂しさから涙を流していることを知っている。本当の娘のように可愛がってくれる母さんのことを第二の母親のように思っているのかもしれない。
ほんの少しでも彼女の寂しさを埋めることができたのなら、それだけでも実家に呼んでよかったとそう思える。あと余計なお節介を焼かなければ尚のこと良しなのだが、そこはもう半分諦めている。
「良介。今日の夕食なーに?」
「冷しゃぶうどん」
鍋に水を注ぎながら母さんの質問に答える。
冷しゃぶだけでは昼食を食べていない俺にとっては物足りない。うどんは喉越しがよく食べやすいので暑い季節でも重宝されている。あと俺が好きだから。
きゅうりはスライス状に。トマトは二等分に。長ねぎはみじん切りにしてそれぞれの皿に移してある。
お湯が沸騰したのを確認してうどんを茹でていた。
「冷しゃぶうどんかー。楽しみー」
「そんなこと言ってないで早く手洗ってこいよ」
息子に注意される母親とはいかがなものか。「はーい」と返事をして、母さんは洗面所へと向かう。優奈もその後を追った。
茹で上がったうどんをザルに移し変えて、冷水で冷やしていく。あとは豚ロースを茹でて、ごまだれを作れば完成だ。
「良くん。お手伝いしますよ」
手を洗い終わった優奈が俺の隣に立つ。
「いやいいよ……と言おうと思っんだが準備万端だな」
彼女は既にエプロンを身に付けていた。
「リクエストに応えてくれたんですよね。だったらわたしも手伝うべきです」
「んー。そしたらごまだれ作ってくれ。調味料はそこに置いてあるから」
「はい」
優奈はみじん切りにした長ねぎとごまドレッシング、めんつゆ、マヨネーズをボウルに入れて混ぜていく。
俺は別の鍋を用意してお湯を沸かしていた。
「んー。まるで夫婦の共同作業ね。近い将来、二人でキッチンに立っているのが容易に想像できるわ」
椅子に座り頬杖を突いて、母さんが感慨深そうにしていた。
「あーはいはい。そうですね」
変に構ってしまうと余計に面倒なことになる。こういうのは適当に返事をして聞き流すのが一番なのだ。
「夫婦……」
隣で作業している優奈がポツリと呟く。心なしか、かき混ぜる速度が上がっている気がした。
「優奈」
「ひ、ひゃい」
「母さんを見てみろ」
言われるがまま母さんの方を見ると、視界に映る光景を目にしてほくそ笑んでいた。
「言葉に耳を貸すな。ああやって反応を楽しんでいるんだから。こういうときは性格悪いんだよ」
「あらやだ人聞きの悪い。ただそうなってほしいなって思っただけよ」
俺は内心で舌打ちする。
既にお湯は沸騰していたので、片栗粉をまぶした豚ロースをしゃぶしゃぶの要領くらいで火を通す。茹で終えると肉のあら熱が取れるぐらいにまで冷水で冷やしておく。
だれを作り終えた優奈は、大皿にうどんをよそっていた。その上に冷やした豚ロースを乗せていき、野菜を盛り付けてごまだれをかける。
「はい。お待ち」
そう言ってテーブルに置いた。
少食な母さんは少なめ。肉が食いたいと言っていた優奈には冷しゃぶを少し多めに盛り付けている。
「「いただきます」」と二人は手を合わせる。
「はい、おあがりください」
母さんはうどんを、優奈は冷しゃぶを口に運んだ。
「んー。もちもちしてて美味しい」
「この冷しゃぶもあっさりしててとても食べやすいです」
「それはごまだれのおかげだな」
なかなか好評なようで、美味しそうに食べてくれている。特に優奈の冷しゃぶを頬張る様子を見て作ってよかったなと思った。
二人の食べる姿を見たせいか、胃袋が聞こえない程度に鳴る。昼食を食べていないせいだろうな。俺も手を合わせて、うどんを啜った。
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