姫はお肉が好きなようで
「昼食は何か適当に作って食べてもいいよ。あとここの棚にカップラーメンも入ってるから」
朝食を食べ終えた二人は出かける準備を済ませて、食器を洗っていた俺に声をかける。とは言っても優奈が作ってくれたフレンチトーストがあまりにも美味しくて食べ過ぎてしまった。現時点で満腹感を得られているので、最悪昼飯はなくてもいいかなと思いつつ、「りょーかい」と返事をして、洗剤の泡を落とした。
「それじゃあ行ってくるね。夕方には帰ってくるから」
「はいはい。あ、夕飯何がいい?」
「え?良介作ってくれるの!?」
「うん」
昨日の昼、夜飯は母さん。今日の朝食は優奈が作ってくれたのだ。順番でいえば次は俺の番だろう。
「んーなんでもいいかなー」
「その回答が一番困るんだよ」
「だって何作っても美味しいんだもーん」
そう言ってもらえるのは素直に嬉しいのだが、なんでもというのは範囲が広すぎる。せめて丼物とか中華とかと言ってほしいのだが。
「優奈は何か食べたいものはある?好きなものでもいいぞ」
母さんに聞いても話が前に進まないと判断して、ソファーに座っていた優奈に尋ねると、何故か俯いてしまった。
「ん?どうした?」
ただ食べたいものを聞いただけなのだがと思っていると顔を上げて、
「……くが食べたいです」
「え?なんて?」
「お肉が食べたいです……」
と、消え入りそうな声で言った。
「あら優奈ちゃん。見た目に反して結構肉食なのねー」
「良くんが好きなものでもいいって言ってましたから……恥ずかしい……」
そう言って顔を朱色に染めていた。
優奈は基本なんでも食べるのだが、家で作ったビーフシチューや、水族館に行った時に訪れたレストランでのハンバーグと、お肉は特に嬉しそうな表情を浮かべていて、好きだというのはなんとなく分かっていた。
女の子が肉が好きというのは恥ずかしいことなのだろうか。母さんが余計なことを言ってしまったせいで、優奈は顔を手で覆ってしまっていた。
「優奈が美味しそうに肉食ってる姿、俺は好きだけどなー」
ポツリと呟いた俺の一言に、二人は視線を向けてくる。優奈はさらに頬が赤く染まり、母さんは「女たらしめ……」言葉を漏らしていた。
「肉だったらなんでもいい?」
優奈は小さく首を縦に振った。
「分かった。帰ってくるとき連絡ちょうだい。そのタイミングで作り始めるから」
「はいはーい。行ってきまーす」
母さんは玄関へと向かい歩き出した。優奈はクリーム色の瞳をこちらに向ける。
「良くん……本気で言ってるんですか?」
「ん?何が?」
「その……わたしのお肉を食べてる姿が好きっていうの……」
先ほどまでではないが、頬はまだ赤い。
「あぁ、俺は好きだぞ」
思っていたことをそのまま伝えた。優奈は俺を見ては視線をすぐに逸らすを繰り返している。「……バカッ」と小声で言って、母さんの後を追うように早足にこの場から去った。
変なことを言ったつもりはないんだけどな。
優奈がなぜ怒っているのか理解できなかった俺は困惑することしかできなかった。
☆ ★ ☆
実家で一人。だとしたらやることはアパートにいるときと変わらない。部屋と水回り、キッチンの掃除を済ませていく。
掃除は嫌いではない。むしろ好きな部類に当たる。部屋が綺麗になったという達成感を感じることができるからだ。一軒家のためアパートと比べると部屋数は多いのだが、特に苦痛に感じたことはない。
「終わったー」
俺はソファーに腰掛けて何か面白い番組でもやってないかなとテレビを点ける。するとあるドラマが流れていた。
「これカラオケで優奈が歌ってた主題歌のドラマじゃん」
予想以上の反響があったことから今までの放送回を再放送しているらしい。
場面は主人公とヒロインが夜道を一緒に歩いているところだった。なんの知識もなくいきなりこんなシーンを見ても理解が追いつかない。
「優奈これやってんの知ってんのかな」
母さんの車にはテレビが付いている。
一応教えておこうとラインを送り、再びテレビに目を向けた。
二人の向かいから自転車が通ろうとしていて、ヒロインが危ないと判断した主人公が肩を抱き寄せてぶつからないようにしていた。そしてこの後二人が見つめ合って……互いに恥ずかしくなって距離を空けていた。
話はまだ序盤らしくここからどのような結末を迎えるのか。俺は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して、テレビに集中した。
☆ ★ ☆
昼食を食べるのも忘れて、俺は食い入るようにテレビを観ていた。
名シーンと言われていた告白の話から数話後、ヒロインは重い病気を患ってしまう。治る確率は数パーセントらしい。それを打ち明けると、主人公はそっと抱きしめ「最後まで一緒にいよう……」と優しい声音で言ったのだ。
それから闘病の日々が続き数年。強い想いが届いたのか、病気が完全に治り二人は永遠の愛を誓った……というところでそのストーリは幕を閉じた。
圧倒的満足感に包まれた俺は、ソファーにもたれかかる。反響があるのも納得のいく内容だった。主人公、ヒロインを演じた俳優さんたちの演技は凄まじく、まるでこちらもドラマの世界に飛び込んだような感覚だ。
テーブルに置いていたスマホが震える。そういえばドラマに夢中になってしまい全く気にしていなかったな。タップすると、今届いた母さんから『今から帰るね』という連絡と、数時間ほど前の優奈から『そうなんですか。でも今はお義母さまとの会話が楽しいのですし、全話録画してあるので。教えていただいてありがとうございます』という二つの連絡が入っていた。
時刻は五時半。
固まった身体を少し動かしてほぐしたあと、冷蔵庫を開ける。
「よし。暑いし今日はあれにするかな」
冷蔵庫から食材を取り出して、俺は夕食を作り始めた。
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