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母とのお話

良介が寝てしまっているため、今回は三人称です。


「優奈ちゃん。ありがとうね」


 風呂上がりの沙織が良介の部屋に氷嚢を持っていったところ、額の上に冷やしタオルが置いてあったのを確認して、優奈に感謝の気持ちを伝えた。


「良くんはどうですか?」


「大丈夫。ぐっすり眠っていたわ。心配してくれているのね」


「いえ。わたしは良くんのか、彼女ですから……」


 恥ずかしがりながら視線を逸らして言った。母さんといる以上は良介と優奈は恋人関係でいなければいけない。彼女というまだ慣れない響きが優奈をそうさせているのだろう。


「良介は幸せ者ね。こんなにも可愛くて想ってくれている彼女が近くにいるんだもの。なんだったら高校を卒業した後お嫁さんににきてくれても……」


「お義母さま!そ、それは流石に気が早すぎるのでは……」


「ごめんなさい。でも安心したの。貴女のような子が良介の隣にいてくれていることに。良介も寝たことだし、少し早いけど女子二人でお話ししましょ?」


 沙織は冷蔵庫からお茶を取り出してグラスに注ぐと、そう笑みを見せた。


☆ ★ ☆


 和室に移動した二人は、座布団を敷いてテーブルを挟み向かい合うようにして座っていた。


「えっ!?良くん空手習ってたんですか!?」


「うん。小五の秋ごろから中学に上がる前までだけどね。一年ちょっとの期間だったけどなかなか強かったでしょ。努力はもちろん飲み込みが早いって師範に言われたって良介から聞いたんだ」


 不良に絡まれたとき、渾身の一撃を喰らっても平然とした様子で、逆に良介の一撃は、その不良を軽々と吹っ飛ばしていた。その実力は空手を習っていたことで身につけたのだろう。


「身体を鍛えているのも空手の影響でね。親贔屓もあるかもだけど、良介中々の筋肉してるでしょ?」


「はい……初めて見たときは驚きました……」


 体育祭の騎馬戦で見せた良介の肉体。テントで見ていた女子生徒たちは「何あの筋肉!?」と驚きの声をあげているものが多くいた。

 以前背中に触れたときも、温かくてとても安心感を与えてくれるようだった。


 この後も長話は続いて、三十分、一時間と経過していった。


 沙織はグラスに注がれていたお茶を飲み干す。そして俯きながらボソッと呟いた。


「優奈ちゃん。気にならない?」


「え?」


「なんで父親がいないのかって」


「気にはなっていました。ですが、そこはわたしがずかずかと踏み込んでいい領域ではないと思いました……良くんも特にそんな話はしなかったので」


 今はお盆休みだ。大概の人はそれぞれの実家に帰るなり家族とゆっくり過ごす時期である。もちろん県外で単身赴任していて、どうしても帰ることができないというのもあるかもしれないが。


 それに優奈にはもう一つ気になることがあった。良介は毎週日曜に母親とは電話をしていると言っていた。その言い方だと父親とはやりとりはしていないのかと思ったのだ。


 高校生の息子が一人暮らしをしているのだ。母親だけの報告だけでは不安だろうし自分から連絡だってするだろう。少なくとも優奈の家族はそうなのだから。


「気を遣ってくれてありがとう」


 沙織はフッと優しく微笑んだ。


「安心して。すれ違いで離婚したってわけじゃないから。健二郎さんが……あの子の父さんは四年前に交通事故で亡くなってしまったの……温泉旅行の帰り道だった。あのときは柄にもなくショックでしばらくは立ち直れなかったわ」


 そう言ってグラスの縁を指でなぞった。


「でも悲しいのは良介も一緒。わたしがしっかりしないと、あの人の分まで育てないとって思っていたんだけど……わたし以上に良介が変わった。家事は小さい頃から教えてたからある程度はできていたけどわたしが働きに出ている間、学校から帰ってくると買い物から夕食の準備、ほとんどのことをあの子がこなしてくれた」


 沙織の表情は暗くて、何処となく寂しげに見えた。


「それだけじゃない。今まで以上に勉強するようになった。暇さえあれば勉強してたくらい。今まで中の上くらいの成績だったのに、気がつけば学年一位をキープするぐらいの学力を身につけていたの」


 優奈は驚きを隠せなかった。

 中の上の成績がどれほどかは分からないが、一体どれほどの勉強時間を注ぎこめば、そこから偏差値六十を超える青蘭高校の試験を合格し、中間、期末と学年一位を取り続けることができるのだろう。


「でも、それっていいことじゃ……」


 沙織は首を横に振る。


「良介はよく泣いてよく笑う子だった。両親のことが大好きでひっつき虫な甘えん坊だったのよ。でも……あの人が亡くなってから、あの子は甘えてこなくなった。次第に笑顔も無くなっていったの……わたしが慣れない仕事で忙しくて構ってあげられなかったっていうのもあるんだけどね」


 明るく振る舞っていたあの姿とは想像もできないほど弱々しかった。

 良介は自分から甘えてくることも助けを求めることもなかったと優奈は思った。


「そして中学三年の春。一人暮らしをするって言い出したの。最初は反対したんだけど良介の意志は固かった。だから二つだけ条件を出したの」


「二つ?」


「成績の維持とバイトをしないこと」


 優奈は首を傾げた。

 成績の維持は分かる。だがバイトをしないというのが条件とは。


「おかしいことを言ってる自覚はあるのよ。でも少しでも良介に楽しい学校生活を送ってほしかった。中学時代から家のことを任せっきりになってしまって、親らしいことは何一つしてあげられなかった。だからせめて高校生活だけは好きなことを好きなだけやらせてあげたいって。じゃないと……あの子が壊れてしまうと思ったから」

 

 沙織の目尻には涙が滲んでいた。


「高校生活が始まって最初の一ヶ月は以前と変わらない暗い表情のままだったんだけどね。ある日を境にあの子の表情が少しだけ明るくなったの。作り笑いじゃない。本当の笑顔も見せてくれるようになった。時期的に言えば優奈ちゃんと出会ったときぐらいからかしらね」


「わ、わたしですか?」


「それで良介から無理矢理優奈ちゃんのことを聞き出して、会ってみたくなった。良介にまた笑顔を取り戻してくれた子を」


 沙織は優奈の手を優しく握りしめる。


「良介の笑顔をまた見せてくれてありがとう」


 一筋の涙を頬に伝わせながら、笑顔で言った。


「こんなことを親のわたしが頼むことじゃないのは分かっているけどこれだけは言わせて。もしあの子が優奈ちゃんに甘えてくることがあったら、受け止めてあげて。過保護だって、気持ち悪いって思うかもしれないけど、わたしはあの子の親だから……あの子のこと、見捨てないであげてね」


「気持ち悪いなんて思うわけありません。それだけ息子のことを大切に想っているってことじゃないですか」


 優奈は真っ直ぐ沙織の瞳を見つめて、


「はい。何があっても良くんのことは見捨てません」


 そう笑顔で言い切った。

 沙織は安心したように笑うと、


「じゃあ、良介の産まれたときの話でもしようかな!」


「是非聞きたいです」


 こうして二人の女子会は、まだまだ続くのであった。

お読みいただきありがとうございます。


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