順番とのぼせ
ストックがもう数話しかないのですが、毎日更新続けられるように頑張ります。
夕食を食べ終えて一時間ほど経過した頃、くつろいでいると湯はりを終えたメロディーが鳴り響く。
「優奈ちゃん。お風呂沸いたからお先にどーぞ」
「いえ。わたしは最後で……」
他人の家で最初に風呂を入るのは申し訳ないと思ったのか、優奈は首を横に振る。
「まぁそうよね。優奈ちゃんが先に入ったら、良介がそのお湯を堪能しちゃうかもしれないから」
「はぁっ!?」
テレビを見ていた視線を母さんに向けて、思わず大声を出してしまった。
「だってそうでしょ?同じ湯船に浸かっちゃうわけなんだから」
「堪能するなんて言い方するなよ。まるで俺が変態みたいじゃねぇか」
「あの、わたしシャワーだけでも構いませんから……」
「ダメよ。女の子がシャワーだけで済ませるのは。ちゃんとお風呂に入って身体を温めないと。外歩いているんだから汗だってかいているだろうし」
入浴の順番。俺が懸念していた材料の一つだった。優奈には誰も使っていない綺麗なお湯で疲れを癒してほしいという気持ちもある。だがその湯船に俺も浸かっても良いのだろうか。
昔は泊まりにきた従姉妹たちの後に風呂に入るというのもあったが、それは小学校時代の話でしかも血縁関係に当たるので気にしたこともなかったのだがーー
「先入ってきなよ。慣れない土地を歩いたから疲れているだろうし、ゆっくり湯船に浸かりな」
「でも……」
「母さんも先に入っていいって言ってるんだから」
遠慮している優奈に気にしなくてもいいと声をかけてやる。
「分かりました。では先にいただきます」
優奈は袋を持って脱衣所へと向かった。
その袋の中身はおそらく寝巻だろう。私服姿は何度も見たことはあるが、寝巻姿は見たことがないのでどんな格好なのだろうと思いながら、俺はテレビに視線を戻した。
☆ ★ ☆
ドライヤーの音が脱衣所から聞こえてくる。
しばらくすると「いいお湯でした」と頬をほんのりと赤く染めてリビングに戻ってきた。
淡いピンク色のシンプルで清潔感のあるパジャマだ。パンツは可愛らしいリボンが付いていて、半袖のVネックは動きやすそうで涼しげな印象を与えてくれる。
次は俺の番なのでソファーから立ち上がる。
お風呂上がりの優奈とすれ違って、内心ドキドキしながらも悟られぬように俺は脱衣所へと向かい、扉を閉める。
衣服を洗濯機に投げ込んでかけ湯をした後、身体を洗っていく。ここまでは良かった。問題は……
「優奈もこのお湯に浸かったんだよなぁ」
風呂椅子に座りながらそう言葉を漏らした。
風呂には凄く入りたい。俺だって外を歩いていたので汗は当然かいている。その汚れはもう取れているだろうが、湯船に浸からないとその実感を真の意味で得られることはできないのだ。
だが本当に入っても良いのだろうか。
こんなくだらないことに数分時間を消費して、導き出した答えはーー
「……ふぅ」
少しの間お風呂に入って即上がるという結論に至った。
湯船に浸からないよりは幾分マシだ。それに考えてしまうから変に意識してしまうのだ。だったら何も考えなければいい。余計な情報を全て削ぎ落として無心になるのだ。
無心で、無心で、無心でーー
ー
ーー
ーーー
☆ ★ ☆
「良くん。大丈夫ですか?」
「あぁ……平気平気……と言いたいところだけど平気じゃないな……」
無心を貫いた俺は入浴時間すらも忘れてしまい、のぼせてしまった。なんとか自力で上がれたが、身体全体が熱く頭痛も酷い。
「悪い。今日はもう寝る……」
冷蔵庫を開けてスポーツドリンクを取り出す。冷蔵庫からの冷気が気持ちいい。ずっと浴びていたという気持ちは山々だが、それ以上に早く横になりたい。
「大丈夫?二階までついて行こうか?」
「大丈夫……一人で歩けるから……」
「そう?ならいいけど。母さんお風呂上がったら、氷嚢持っていくから」
「助かる……」
おぼつかない足取りで階段へと向かう。二、三段登ったところで後ろから足音が聞こえたので振り返った。
「……ついてこなくてもいいのに……」
「もし転んだらどうするんですか?」
そうならないように手すりを掴んで登っているのだが、それでも不安らしい。
なんとか部屋にたどり着いて、俺はベットへと倒れ込んだ。
「窓。網戸にしておきますね」
優奈は窓を開ける。冷蔵庫の冷気ほどではないものの夜風が吹き込んできて気持ちいい。
「眠る前にスポーツドリンク飲んでおいてください」
「お、おう」
「一人で飲めますか?」
「そこまで重症者じゃない……」
重く感じる上半身を起こして、持ってきたスポーツドリンクを含む。口元から少しこぼれてしまい、二口ほど飲んだ後拭った。
「もし不都合なこととかあったら連絡してくださいね」
「分かった」
「それじゃあ、おやすみなさい」
「おう。おやすみ」
パタリとドアが閉まると、俺はゆっくりと目を閉じた。まさか帰省初日からこんなトラブルに襲われるとは……まぁそれも自分の管理不足なのだが。意識が遠のいていき、その感覚に身を委ねようとしていると、
トントン。
階段を小さな足音で登る音がする。
母さんか?お風呂から上がってから氷嚢を持ってくるとは言っていたが、それにしては早すぎる。その足音は自室へと近づいてきて、
「まだ起きていますか?」
ドアが開くと優奈の声が響いた。
「優奈か?どうした?」
「いえ。冷やしタオルを持ってきたので。あ、寝ていたままで大丈夫ですよ」
閉じていた目をゆっくり開けると、優奈の顔が目の前にある。反応する元気はないのに、早くなっていた心拍数がさらに早くなる。
「冷たいのでびっくりすると思いますけど……」
小さな手で俺の髪を掻き分けて、額を露わにするとその上に冷やしタオルを置いた。
めちゃくちゃ冷たくて顔の熱が奪われていくのを感じる。
「早く元気になってくださいね……」
開けていた瞼がまた重くなっていきそっと目を閉じる。優奈は俺の髪を優しく撫でて、「おやすみなさい」と囁くと自室を後にする。
彼女の心遣いと優しい声に胸が熱くなったのを感じながら、意識は暗闇へと落ちていった。
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