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目の保養になる姫

 天野優奈は美少女である。

 青蘭高校の入学式で誰かがそう言った。


 西洋人形と思わせる可愛らしいその顔立ち。

 身長もそれほど高くないと言うのもあって、彼女に心を奪われた男子生徒の誰しもが「この子は俺が守るんだ!」という気持ちに駆られただろう。


 となると、その美貌に嫉妬した女子生徒たちからは嫌悪の目を向けられるという漫画ではお決まりのことが起こってしまうと思われていたのだがーーそんなことはなかった。


 その美貌を自慢するわけでもなく静かな彼女を見て、むしろ「可愛い!」とまるで妹のように可愛がる女子生徒が続出した。まるでマスコットような扱いなのである。


 当然男子生徒は、天野さんとお近づきになりたいと告白するのだが、玉砕していく生徒が後を絶たない。いつかの日に告白した二年の一番人気先輩もその中の一員となっている。


 そうするうちに、天野さんの好きな男のタイプは?と考察する生徒が出てきた。

 しかし彼女の好きな男のタイプは、まだ誰も知ることはないーー


☆ ★ ☆


「この前はありがとうな。筑前煮めっちゃ美味かったよ」


 学校に行く直前、俺は天野さんから渡された筑前煮を入れていたタッパーを返しにいった。

 

「それはよかったです。柿谷くんがくれた肉団子のスープもとても美味しかったです」


「口に合って何よりだ」


 彼女はタッパーを受け取る。さすがに鍋は高校から帰ってきたときに渡してもらうことにした。もう一度一階から五階に上がるのは、流石にしんどい。


 天野さんも既に制服姿で、もう高校に向かうようだった。


「天野さん。一つ頼みがあるんだが……」


「頼み?」


「筑前煮のレシピ。教えてくんね?めっちゃ美味かったからさ。今度家でも作りたいんだよ」


 俺は彼女に懇願した。

 この言葉に偽りはない。あれは本当に美味かった。あるのならもう一度食べたいぐらいだ。


 彼女は考えるようにしばらく沈黙した。

 そして口を開く。


「分かりました。そのかわり、柿谷くんがくれた肉団子のスープのレシピも教えてください。味付けもわたし好みだったので」


 まさかそんな言葉が返ってくるとは思わず、驚きのあまり今度は俺は黙ってしまった。


「あ、ああ。全然いいぞ。あれ結構簡単だしな」


「ありがとうございます」


彼女は嬉しそうに笑った。


「じゃあ、また学校でな」


「はい」


 そう言うと、俺は一足先に高校へと向かった。


☆ ★ ☆


「グッドモーニング。フレンドよ」


「そのレパートリーどんだけあんのよ」


「六の八乗くらい」


 教室に入って席に着くや否や、斗真がいつものノリで挨拶をしてきた。


「それより良介。数学のプリントやったか?」


「あぁ、休日は暇だからな。それ以外やることねぇんだよ」


「悪い……見せてくんね?」


「珍しいな。斗真が俺に課題見せてくれなんて言うとは」


 こんなノリである斗真だが、青蘭高校に入学するだけの地頭は持っている。今までも課題をやってこないということはなく、頼み込んでくる斗真を見て驚いた。


「いやー試合がね。思った以上にハードで家帰ってすぐ寝ちゃったのよ。だから頼む」


「へいへい」


「恩にきるぜ。相棒」


 プリントを渡すと、彼はそれを速攻で写し始めた。


 すると、ガラガラと横開きのドアが開く音がすると、天野さんの姿があった。

 お裾分けをするようになった仲にはなったが一緒に登校するほど仲にはなっていない。


 偶然にも天野さんが目が合うと、彼女は軽く笑みを見せてきた。反応して、変に誤解を生まないようにほんの少しだけ頭を下げる。

 彼女は席について、授業の準備を始めた。


「なぁ。天野さんちょっと変わったか?」


 斗真が顔をこちらに向けて聞いてきた。

 既に数学のプリントは終えており、俺に返す。


「そうなのか?」


「いやそうだろうぜ。天野さんは親しい友達と話す以外笑みを見せることなんてなかったのに、教室に入ってきたとき軽く笑っていただろう。これはこの教室にいる男子生徒の誰かと何かあったと見たね」


「斗真。天野さんのこと見過ぎじゃね?」


「そりゃ目の保養になるからな。何度見ても飽きないな」


「よし。他の女に目移りしてるって彼女に言い付けてやる」


 斗真の彼女である瀬尾梨花とは、ある程度話せる仲だ。斗真の彼女というのがどことなく親近感を与えてくれるというのもあるが、彼女自身も落ち着いた雰囲気でとても話しやすい。


「すみません。それだけはマジでやめて良介様。神様仏様。何が欲しい?なんでもあげるからそれだけはやめてくれ。梨花が口を聞いてくれなくなっちまう」


「嘘だ嘘。瀬尾さんに告げ口なんてしないから」


「本当だな?命賭けてくれよ?」


「賭ける賭ける」


 そう言うと、斗真はホッと胸を撫で下ろした。


「でもやっぱりなんかいいことあったんだろうな」


「ふうん」


 俺は頬杖を突きながらそう言った。

 

「彼氏でもできたのかな?どう思う?」


「いるかもしれないしいないかもしれない。俺たちが踏み入れていい領域じゃないだろう。恋愛は本人の自由なんだから」


「それもそうか」


斗真は納得したように頷く。

 

「悪い。ちょっとねみぃから寝る。先生来たら起こして」


「りょ」


 俺はそう言って机に突っ伏した。

 その姿を、天野さんは横目で確認していた。

 

 俺はそれを知ることはなかった。

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