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姫と商店街

 昼食の準備も残り僅かというところで、荷解きを終えた優奈が降りてきた。 


「おっ。ちょうど呼ぼうと思っていたところだ」


「少し時間がかかってしまって……お手伝いできなくてすみません」


「いーよ。優奈は来客なんだし。ゆっくりくつろいでくれればいいから。昼飯できたから座りな」


 テーブルに冷やし中華を置いていく。

 隣に優奈。そして俺たちに向かい合う位置に母さんが座った。

「いただきます」と手を合わせて冷やし中華を口にする。まろやかな胡麻ダレが野菜と麺に絡んでいる。サッパリとしているので、食欲が落ちる夏でも美味しく食べられる。


「とても美味しいです」


「お口に合って何よりだわ」


 舌鼓を打つ優奈を見て、母さんは頬を緩ませる。母さんの料理は贔屓目なしでも美味い。斗真や母さんの友人も太鼓判を押すほどだ。


「良介は?久々にお母さんの料理を食べた感想聞きたいなー」


「美味いよ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ちながら麺を啜る。


「そういうのはもっと気持ちを込めて言わないと。優奈ちゃん。良介にご飯作ってあげたとき、ちゃんと『美味しい』って言ってくれてる?」


 咀嚼していた麺をごくりと飲み込んで箸を置くと、


「はい。凄く幸せそうな顔を浮かべて言ってくれます」


「ブフッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」


 啜っていた麺が変なところに入って、激しく咳き込んだ。


「良くん大丈夫ですか!?」


 心配そうにこちらを見つめる優奈に、手を前に出して「大丈夫」と表す。落ち着いて麦茶を飲むと、


「優奈の飯食ってるとき、俺そんな顔してんの?」


「はい。だから作っているこちらとしても凄く嬉しい気持ちになりますよ」


 優奈の料理もほっぺたが落ちそうなほどに美味い。しかし、そんなだらしのない顔を幾度となく晒していたというのか。


「今度からはそんな顔しないようにする」


「美味しそうにご飯食べてるときの良くんの表情好きですよ。だから……この先もあの可愛い表情を見せてほしいです」


 少し頬を赤らめながらも笑顔で言われると、こっちも恥ずかしくなってくる。そこでハッとして母さんの方を見た。


「お熱いねー。青春してるねー。仲が良くてなにより」


 俺たちを温かい目で見つめながらニヤニヤと笑みを見せていた。

 俺たちはやりとりを見られたことの恥ずかしさと、これ以上の墓穴を掘らまいと何も発することなく残り僅かな冷やし中華を口にしていた。


☆ ★ ☆


「良介。優奈ちゃんにここらを案内してあげなさい」


 昼食を食べ終えて食休みをとっていた時に、母さんが唐突に言ってきた。


「案内って……何もないところをどう案内しろと?」


「あるじゃない。商店街だったり公園だったり……」


「ここにはそれしかないんだよ」


 商店街以外は学校や少し広めの公園ぐらいしかない。まさに自然に囲まれた地域だ。身体を動かしたい子どもたちにとっては良い遊び場なのかもしれないが。


「行ってみたいです。商店街」


「特に面白いものはないぞ?」


「それでも行きたいです」


 優奈の言葉に熱が篭る。

 今回の帰省では特に出かける予定はなく家で過ごそうと思っていたのだが、引きこもってばかりというのも身体によくないしな。


「分かった。じゃあ三時ごろに行くか」


「はい。楽しみです」


☆ ★ ☆


 商店街に出かける前までの間、俺は自室で課題を進めていた。ちなみに優奈は既に終えているらしい。


 そして約束の三時になり自室を出ると、優奈の手には麦わら帽子があった。


「出かけることがあると思って一応持ってきておいたんです」


「相変わらず準備がよろしいようで。帰るときは連絡するから」


「はーい。いってらっしゃーい」


 キッチンにいる母さんにそう言って、俺たちは外を出る。適度な風が吹いているため暑さはそれほど感じない。その風に吹き飛ばされぬように、優奈は麦わら帽子を深く被る。


「似合ってるな」


「持ってきた甲斐がありました」


 俺たちは人通りの少ない道を歩く。

 自然に囲まれた地域ではあるが、道路はきちんと整備されているし住宅街もある。ただ地域としての規模が他よりも小さく、山に近いだけなのだ。


 十五分ほど歩くと商店街の入り口が見える。


「ここが商店街。大抵のものはここで揃えられる。やっぱお盆だから人は少ないな」


 小学校低学年から年配まで幅広い年齢層に愛されている。ここで店を経営している人たちも大体は四十〜五十代の人たちだ。近い年齢というので年配の方々に人気があるのは分かるのだが、なぜ小中学生にも愛されているのか。それはある店に理由がある。


 俺たちは商店街の入り口を進み、中に入っていく。


「おっ。やってるやってる」


 俺はあるお店で立ち止まった。

 牛、豚、鳥の各部位の肉の他に、ハムやソーセージと言った加工品もずらりと並んである。


「精肉店ですか?」


「そうそう」


 奥の方に店主である男性がいた。大柄でぽっちゃりとした体型の人物だ。


「谷口さん」


「おお!久しぶり良介!帰ってきてたのか?見ないうちに男前になったんじゃないのかい?」


 精肉店の店主、谷口さんだ。

 誰とでもフランクに接してくれ、その見た目も相まってかこの商店街でも一、二番の人気を誇っている。


「四ヶ月で人は変わりませんよ。谷口さんもお元気そうで何よりです。メンチカツ二つお願いします」


「二つ?あぁ。奥にいるお嬢さんの分もってことかい?」


「はい。少しここを案内しているんです」


「あいよ。ちょっと待っててな」


 谷口さんはトングで掴んだメンチカツをフードエンジに入れて俺に渡した。小銭をトレーの上に置く。


「沙織さんにもよろしく言っておいてくれ。あと……以前より生気のある表情をするようになったな」


「よく見ていますね」


「色々あったのは知ってるからな。そんな良介がどうして生き生きするようになったのかは、聞かないでおいてやる」


 谷口さんには小学校時代から良くしてもらっている。それこそ誰にも相談できないことだって、よく話をしていた。口も堅いため誰かに漏らす心配もない。


「ありがとうございます」


「また来いよ」


 久しぶりの再会をした谷口さんと別れて優奈の元へと向かう。


「悪い、待たせたな。ほら」


 購入したメンチカツを優奈に渡す。


「あそこのメンチカツがマジで美味くてな。学校や部活帰りに買い食いする生徒が多いんだ。食ってみ」


 俺は大きな口を開けて頬張る。

 熱々でジューシー。肉汁と玉ねぎの甘みが口の中に広がる。


 優奈も小さな口でパクッと食べる。


「美味しいです」


「だろ?」


 俺たちはメンチカツを食べおえて、フードエンジを近くに置いてあったゴミ箱に捨てる。


「とりあえず商店街を一通り紹介しようと思う。そのあと一つだけ付き合ってほしい場所があるんだがいいか?」


「はい。わたしは大丈夫ですよ。どんなところなんですか?」


「お気に入りの場所……って言えばいいかな。まぁ着いてからのお楽しみってことで」


「分かりました。楽しみにしておきます」


 俺たちは再び商店街を歩き出した。

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