帰省
お盆休み。
何故か実家に優奈も一緒に来るという事態に戸惑いを覚えつつも、俺はいつも通りの待ち合わせ場所に向かうと、既に優奈がいた。
母さんから「迎えに行く」という提案があったが、片道一時間の距離を母さんに運転させるわけにもいかず、何よりいじり倒されるのが目に見えていたのだ。家なら逃げ場はあったのだが、車という密閉空間にそんな場所などない。
実家に着く前に疲弊したくなかったのだ。
「優奈は荷物少ないんだな」
彼女の手には小さめのバッグが持たれていた。
「必要なものはお義母さまから住所を確認して郵送してあります。昨日『届いたよ!』という連絡をいただきました」
「俺の知らん間にめちゃくちゃ仲良くなってんじゃん」
「良くんの方こそ荷物少ないですね。荷物を郵送することもなかったですし」
「日用品は実家に揃ってるからな。持ってきてるのは貴重品と課題くらいだ」
課題は八割ほど終えている。
戻ってきてからでも良かったのだが、早めに終わらせることに越したことはない。
アパートに暮らす住人のほとんどは既に実家に帰省いるらしく、人の往来が多いエントランスも今日は人気がなかった。
「ん」
「……?」
「バッグ持つよ」
「以前にも、似たようなやりとりがありましたね」
優奈はクスッと笑った。
スーパーでばったり出くわし、ストーカーだのなんだの文句を言われた頃の話だ。あの頃の俺が今の現状を見たら顎が外れるくらい口を大きく広げているだろうな。
「言っておくがストーカーじゃないぞ」
「分かってますよ。じゃあ、お願いします」
「おう。じゃあ行くか」
「はい」
優奈からバックを受け取って、実家に向かうべく俺たちは駅へと向かった。
☆ ★ ☆
バスで一時間ほどの距離に実家がある。
今乗っているバスに四十分ほど揺られたあとに、違うバスに乗り換えてもう二十分と、少し複雑だ。
「景色がとても綺麗ですね……」
バスの窓から景色を眺める優奈は、そう言葉を漏らした。連なる山々や果てしなく広い海の景色が広がっている。
実家は田舎というわけではないが自然に囲まれていて、今住んでいるアパートと比べると何もない。だからといって生活に不自由があったかといえばなかったし、むしろ心が落ち着く場所でもあるのだ。こうして目の前に広がる自然を間近で見られるというのは強みだと思っている。
「逆に言えばそこしかいいところはないけどな」
「将来は自然に囲まれた場所で暮らしたいです」
そういうのは都会の生活に疲れた社会人が言うセリフじゃないか?と思いつつも、「まぁ、悪くはないよな」と返しておく。
などと談笑している内に駅に到着したので、俺たちは降りる。アパートの周辺と比べると、やはりどこか寂しさを覚えた。
バス停を降りて次のバスが来るバス停まで向かおうとしたところで、
「げっ」
「どうされたんですか?」
「母さんがいた」
駅の近くには駐車場があるのだが、そこに母さんが乗っている軽自動車が停まっていたのだ。車越しに既に目が合っていて、母さんは車から降りてこちらへと向かってくる。満面の笑みを浮かべて。
「良介おかえり!優奈ちゃんもいらっしゃい!」
「おう」
「お義母さま。この度はご招待ありがとうございます」
「いーのよ!優奈ちゃんはもうわたしの娘みたいなもんなんだから!ささ!早く乗って!」
「いくらなんでも気が早すぎるのでは」
母さんに急かされて俺は助手席、優奈は後部席へと乗り込んだ。
「別に迎えに来なくて良かったのに」
「こんな暑いところを歩かせるわけにはいかないでしょ。優奈ちゃん。車の中寒くない?」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「それにしても優奈ちゃんが来てくれて嬉しいわー。一度ゆっくりお話したいと思っていたから。夜は女子二人でおしゃべりしましょ」
「女子は無理があるだろう」
チラッと隣を見ると優奈と楽しそうに話していたときとは一転して、般若のような表情を浮かべていた。俺は思わず身震いして、たまらず窓の景色に視線を移す。
元々そこまで人が多くない地域ではあるが、やはり時期が時期であるため、人の気配があまりない。車通りも少なく、予想よりも早く実家へと到着した。
狭くも広くもない。極めてごく普通の一軒家である。
とは言っても父さんが亡くなって俺が一人暮らしをしているので、一人で暮らす家にしては広すぎるくらいだろう。
車庫に車を停めて、俺たちは降りた。
実に四ヶ月ぶりの実家である。
それぞれの荷物を持って、一週間の実家生活が始まろうとしていた。




