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終わりを告げる花火

「いやー本当にありがとう!」


 田沼さんからこれ以上ないほどの感謝の言葉をかけられる。「うっす」と返事をして、俺は頭に巻いていたタオルを解いて顔を拭く。優奈もハンカチを取り出して、ホッと一息。


「給料なんだけど、明日嫁さんに渡すように伝えておくから!あとこれも受け取ってくれ」


 そう言って手渡されたのは焼きそばだ。俺たちと入れ替わった人たちが作ってくれたもので、「感謝の気持ちだ」と言われたのでありがたくいただいた。


「力になれてよかったです」


「本当にありがとうな!若いもん同士で楽しんでいけよ!」


 田沼さんたちと別れた俺たちは、集合場所であるリンゴ飴の屋台へと向かう。斗真たちは既に焼きそばを食べ終えていて、リンゴ飴を舐めていた。


「お疲れさん」


「おう」


 俺と優奈はいただいた焼きそばを口にする。

 濃厚なソースが麺と絡んでいて一度食べると止まらない。家で作った焼きそばと作り方はさほど変わらないはずなのに、ずっと美味しく感じる。働いた後の食事はこんなにも美味いものなのかと思わせられた。


「それじゃあ天ちゃん借りてくね」


「オッケー」


「おー」


 着物を借りに、瀬尾さんは優奈を連れて行った。


「良介くんや。ただ待ってるのもあれだし、男二人で夏祭りを楽しもうぜ。輪投げに射的に金魚掬い。他にもいろんなゲームがあるんだ」


「ほー。まぁ行くだけ行ってみるか」


「そうこなくっちゃな!」


 俺と斗真は人混みの中へと突っ込んでいった。


☆ ★ ☆

 

「惨敗……だとっ!」


 人混みが少ない隅っこの方に移動すると、持っていた財布を落としたことにすら気づかず、斗真は頭を抱えた。俺はスッとその財布を拾い斗真に渡す。


 金魚掬いから始まり、輪投げ、射的とあらゆるゲームで斗真は戦果を上げることができなかったのだ。射的のときに至っては、斗真は引き際を見失ってしまい、結局有金の七割を使ってしまっていた。それが今の現状である。


 ちなみに俺も輪投げを一回やったのだが、残念賞の飴玉だった。


「そんなときもあるって。元気出せよ」


「くそー!こうなったらくじだ!」


 斗真が指した方向には、くじをやっている屋台があった。俺たちはその屋台へと向かい歩いて行く。


「いらっしゃい!一回三百円だよ!」


 この屋台を切り盛りをしている若めのお兄さんが、笑顔で対応してくれる。棚の上にはA賞からF賞と書かれている商品がずらりと並んでいる。


 F賞はお菓子。そこからグレードがどんどん上がっていき、A賞はゲーム機だった。B賞C賞もなかなか魅力のある商品が並んでいた。「三回!」と言って斗真は九百円を渡す。


 お兄さんはくじの入った箱を持ってきて、斗真はその箱に手を突っ込んだ。箱の中を弄るようにして、やがて決心したのか一つの折り畳まれた紙を取り出し、お兄さんに渡す。


「残念!F賞!」


「くそ!後二回!」


 そう言って再びくじ引きに挑むもF賞、D賞と渋い結果に終わった。斗真の手にはお菓子と最近話題になっているアニメのクリアファイルが持たれていた。


「俺もやろうかな」


「はいよ!お兄さんも三回ね!」


 九百円を渡して、俺もくじを引く。しかし最初の二回はF賞。残るはあと一回のみとなった。

 せっかくやっているのだから、せめて斗真と同じD賞もしくはそれ以上が欲しいと思い、俺はくじを選ぶ。そしてお兄さんにそれを渡す。折り畳まれた紙を開いて確認すると、


「B賞!おめでとうお兄さん!そこの棚にあるやつから好きなやつ選んでいーよ!」


 B賞の棚に目をやると、うさぎ、猫、パンダなどと言った可愛らしいぬいぐるみが置かれていた。

 

「じゃあ……あれください」


 俺が指さしたのはクマのぬいぐるみだ。

 程よいサイズで、パーカーを着ているお洒落なぬいぐるみだ。


「はいよ!何か袋にでも入れておくかい?」


「はい、お願いします」


 流石に屋台にラッピングはなく、ぬいぐるみが隠れる程度の袋に入れられて俺の手元へと渡る。


「やったな良介!」


「おう」


 その場を離れると、斗真は俺に祝福の声をかける。それは言われても、ぬいぐるみを集めるといった趣味は俺にはないのだが。

「ん?」と斗真が声を漏らして、ケータイを確認する。


「梨花たち戻ってきたから、さっきの場所に来てくれだってよ。行こうぜ」


「おう」


☆ ★ ☆


 リンゴ飴の屋台へと向かうと、既に二人の姿があった。優奈の浴衣姿を見て、俺は言葉を失ってしまった。

 

 生地色は優しいピンクだが透け感はない。柄は水色の朝顔が浴衣全体に描かれていて夏らしいイメージ。淡い浴衣とは一転して、帯は紺色で大人っぽさを演出している。

 髪も浴衣に合わせてお団子ヘアーに纏められている。


「どうですかね……?」


「すっごく可愛い!」


 普段の落ち着いた印象の強い瀬尾さんだが、優奈といるときはテンションも上がるのだろうかと思った。


「天野さんは浴衣姿も絵になるねー」


「ありがとうございます。柿谷くんはどう思いますか?」


 優奈は真っ直ぐこちらを見つめてくる。


「まぁ……似合ってるとは思う」


 二人がいる前ではなかなか素直になれず、俺は恥ずかしくなって目を逸らした。


「ありがとうございます」


 優奈も安心したような笑みを見せた。

 その様子を見ていた二人は、「おや?」という反応を示す。そして何やら二人でコソコソと話をし始めると、


「この後花火が上がるんだが、俺と梨花は見晴らしのいいスポットで二人きりで見るから、ここからは別行動にしようぜ。それで終わったらまた集合ってことで」


「なんでだよ。別に一緒で……」


「そんじゃあまた後でなー!」


「おい待てよ!」


 俺の呼びかけも聞かずに、斗真と瀬尾さんは人混みの中へと消えてしまった。


「全く……」


「わたしたちも移動しましょう。ここは少し人が多くなりそうですし」


「そうだな」


 俺たちも人があまりいない場所を探しに、移動する。花火が上がる前ということで少しでもいいところでスポットで見ようという人が多く、人の流れは活発だ。このままでは優奈とはぐれてしまう可能性もある。


「優奈。手を出して」


 言われるがまま、優奈は手を出すと俺はその手を握った。


「り、良くん?」


「はぐれたら困るからな。しっかり掴んでいろよ」


 俺は優奈の手を強く握りしめる。それに応えてくれるかのように、優奈も俺の手を握り返してきた。お互い逸れぬように。


 人混みを抜けてしばらく歩くと、やがて落ち着いた雰囲気の場所へと辿り着いた。辺りを見渡すも人気はない。


「ここなら静かに見られるな」


「そうですね」


 俺は優奈の手を離す。「あっ……」という声が聴こえたのはきっと気のせいだろう。花火が上がるまでもう少しか。


「優奈。これやるよ」


 俺はくじで当てた景品を優奈に渡す。優奈は首を傾げつつも、袋から景品を取り出すとパーカーを着たクマが現れた。


「これは……?」


「戦利品。正直持ってても邪魔になるだけだし、優奈ぬいぐるみ好きだろ?その方がコイツも喜ぶだろうしな」


「ありがとうございます……家の中ぬいぐるみだらけになっちゃいますね」


「水族館でも買ってたからな」


「大切にさせてもらいます」


「おう」


 あどけない表情を見せる優奈に、俺も柔らかく微笑んだ。


 しばらくすると、花火が打ち上がる。

 今日見たこの花火を、俺は一生忘れることはないだろう。


☆ ★ ☆


「いやー凄かったな花火!」


 花火が終わって、俺たちは再び集合していた。


「お前らどこで見てたんだよ。勝手に行きやがって」


「いやーだって邪魔するわけにはいかないしねー」


「来年も楽しみだね」


 斗真と瀬尾さんは満足げな様子で言った。それは優奈も同様。

 行く前はなんだかんだ文句を言っていた俺だったが、今となっては来て良かったと思っている。来年も行けたら、とそう思った。


「よし、じゃあ帰ろうぜー」


 斗真の後に続いて、俺たちも有磯神社を去ろうとする。

 そこで俺の視界に、ある人物の姿が入った。


「……な、なんで……」


 なんでもくそもない。祭りだから来ている。当然の理由だ。だがそう呟かずにはいられなかった。

 その人物は誰かを待っているのだろうか、スマホに目を落としていてこちらに気付いている様子はない。


 息が苦しい。足が震える。声を出そうにも緊張で言葉を発することができない。視界がその一点のみに注がれて、他のものは何も視界に入らなかった。


「良くん?大丈夫ですか?」


 それは優奈の一声によって解放される。

 鉛のように重かった足が感覚を取り戻していき、頭もクリアになっていく。


「あぁ、大丈夫だ」


「本当ですか?」


「本当だよ。優奈が心配することじゃないさ」


「……何かあったら言ってくださいね」


「おう」


 大丈夫。もうあのときの弱くて何もできない俺じゃない。

 自分にそう言い聞かせて、有磯神社を後にした。

お読みいただきありがとうございます。

ブクマ、評価等いただけたら嬉しいです。

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