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お手伝い

「すまんねー良介くん。わざわざ来てもらって」


「いえいえ。困ったときはお互い様ですから」


 夏祭り当日。

 俺と優奈は田沼さんの旦那さんがやっている屋台に訪れていた。今は人が落ち着いているが、これから夕暮れ時にかけて人が増えてくるらしい。


 三時から入って欲しいと言われたのだが、一応余裕を持って二十分前に来ていた。


「……良介くん。それで……隣にいる女の子も手伝ってくれるのかい?そりゃうちもありがたいよ。でもやっぱり……焼きそばの匂いだってうつるし……見ての通り男だらけだし……」


 旦那さんは耳打ちをするように言ってくる。

 お客さんだけではなく屋台をしている人の大半以上が優奈に目を奪われている。

 女性のほとんどは着物を着ているのだが、俺と優奈は動きやすいラフな格好をしているのだが、その中でも優奈の美しさは頭一つ抜けている。そんな子に屋台を手伝ってもらうというのは気が引けてしまうのだろう。


「本人も大丈夫って言ってくれてますし」


 優奈は俺たちがコソコソ話している様子を見て首を横に傾げている。


「そうか。まぁ分からないことがあったら言ってくれ。基本、俺は焼きそばを作ってるから良くんは俺のサポート。お嬢さんは接客をお願いしようかね」


「分かりました」


「はい」


 こうして俺たちの屋台のお手伝いが始まった。


☆ ★ ☆


「すまんね。少しの間頼むわ。お嬢ちゃんも」


 俺たちは屋台の中へと入って、抜けなければいけない人たちと交代する。優奈は既に髪をゴムで縛っていた。俺も持参しておいたタオルを頭に巻いて、滴る汗を防ぐ。


 三時といえど、やはり夏祭りの定番である焼きそば屋。多くの人がこの屋台に足を運んでいた。


 田沼さんは慣れた手つきで焼きそばを焼いていく。ソースの香ばしい香りが広がって、胃袋が刺激される。

 サポートとはいっても麺や野菜、調味料がなくなったら段ボールから取り出すぐらいの一見簡単な作業なのだが、いかんせんペースが早い。


 田沼さんはプラスチックの容器に焼きそばをよそって優奈に手渡す。焼きそばが溢れないように輪ゴムをしっかりと留めて、「お待たせしました」と笑顔でお客さんに渡していく。


 男性女性に関わらず、優奈の笑顔に癒されるようで表情を崩している。その効果もあってか、この屋台に大勢の人が並んでいた。


「おーおーお嬢ちゃん効果だねー」


「田沼さんの焼きそばが美味しいからですよ」


「お、美人でお世辞も上手いときたか」


「本当のことを言っただけですよ」


 上機嫌な様子を見せて笑う田沼さんに、優奈も笑顔で対応する。予想以上の盛況でテンションが上がっているのだろう。


 それは時間を経過しても勢いは止まらず、忙しい時間を過ごしていた。だがそれを苦痛とは感じず、むしろ楽しいと感じていた。これが働くということなのかと実感する。


 時刻は五時半。約束の六時まではもう少しというところで、田沼さんが突然お腹を押さえ出した。


「田沼さん!大丈夫ですか!?」


「ごめん。急にお腹が痛くなってきた……調子乗って昼食い過ぎてしまったのが原因か……?」


「何を食べられたんですか?」


「焼きそばにたこ焼き、ベビーカステラ、どんどん焼きにかき氷……」


「食い過ぎっすね……」


 食べ盛りの中学生ぐらいが食べるぐらいの量である。それはお腹を下して当然だ。


「普段抑えていた分、その反動でつい……すまん良介くん……少しの間俺の代わりに焼きそばを作っていてくれないか?良介くんが普段作っているやり方で大丈夫だから……」


「やれるだけやってみますけど……」


「すぐに戻るから、その間だけ二人で頼む……」


 こうしている間にもお客さんは待っている。ここに立っている以上は、お客さんを待たせるわけにはいかない。


「分かりました」


「本当にすまん……」


 田沼さんはトイレへと直行する。


「優奈。しばらくは二人でここの切り盛りだ。ちょっと負担かかるだろうけど頑張ろうぜ」


「役割はどうしましょう……あ、お待たせしました」


 優奈は器用に焼きそばをよそってお客さんに提供している。


「優奈が作るか?俺は下準備と接客するから。もし接客しているときは準備は優奈がやってくれ。野菜と肉が入っているのはあの段ボール、調味料が切れたらあそこにおいてある」


「分かりました。頑張ります」


 優奈は気合の入った様子を見せて、鉄板に油を注ぎ伸ばしていく。温まってきた鉄板に野菜と肉を投入。ある程度炒めたところで大量の麺を鉄板の上に乗せて、ヘラを使って混ぜていく。


 先ほどまで接客していた女の子が、焼きそばを作っているという光景を目にしてお客さんは「おぉ」と声を漏らしていた。


 そして大量のソースをかけて、麺と絡ませていく。夕暮れ時とはいえ夏。鉄板からの熱気も相当なものがある。それでも優奈は表情を変えることなく焼きそばを作っていく。


 出来上がった焼きそばを容器に移して、俺に渡す。青のりと紅生姜を乗せ輪ゴムで留めて、「お待たせしました」と営業スマイルを浮かべて手渡していく。


 お客さんからは「美味い!」という声が聞こえてくる。それを聞いて優奈も嬉しそうに笑った。しかし慣れない作業と速さ、そして暑さもあって、十五分ほどで優奈に疲れが見えてきた。


「代わるよ」


 優奈だけに負担をかけるわけにもいかない。俺はタオルを縛り直して、優奈からヘラを受け取る。「すみません」と優奈は謝るも、「気にするな」と声をかける。


 いざ鉄板の前に立ってみると、熱気がすごい。ほんの少し動くだけで汗が出そうになる。それでも俺はせっさと作業に入っていく。


 具材を炒めて麺をほぐしてソースと絡ませる。そして大量の焼きそばが出来上がった。だからといってうかうかしていられない。すぐに次の準備に移っていく。


「おーう!精が出ますな!」


 聞き覚えの声がして、顔を上げると斗真と瀬尾さんが俺たちの前に立っていた。斗真は私服だが、瀬尾さんは紅白の椿が描かれた浴衣を着ていた。


「焼きそば二つで」


「おっす」


 俺は焼きそばをよそっていく。優奈は瀬尾さんと何やら話していて、


「梨花さん。浴衣すごい似合っていますよ」


「ありがとう。天ちゃんもお手伝い終わったら夏祭り遊ぶんでしょ?」


「そのつもりです」


「じゃあ浴衣着ようよ!近くに浴衣貸してくれるお店があるんだ!わたしもこの浴衣そこで借りたの!天ちゃん可愛いから絶対に似合うよ!」


「そうですか……?じゃあ……着てみようかな……」


 女子二人が盛り上がっているうちに、焼きそば二つが出来上がって斗真に渡す。


「サンキュー」


「柿谷くん。お手伝い終わったら優奈ちゃん少し借りてもいい?浴衣借りに行ってくるから」


「りょうかい」


「そしたら手伝い終わってから合流だな。そこのリンゴ飴の屋台の近くにいるから」


 待ち合わせの約束をして、一旦斗真たちと別れる。

 そんなこんなで、なんとか二人きりで屋台を切り盛りした。しばらくすると、田沼さんが戻ってきて、それからは今まで通りの作業へと戻った。


 大変な時間もあったが、約束の六時までなんとか乗り切ることができた。

お読みいただきありがとうございます。

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