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夏祭りの予定

「え、屋台の手伝い……ですか?」


 学校へ向かおうとすると、偶然お隣の田沼さんと遭遇して相談を受けていた。


「そうなの!毎年、有磯神社(ありいそじんしゃ)で夏祭りをやってて、わたしの旦那と旦那の友達が屋台をやってるんだけど……午後の三時から六時まで人が抜けちゃって旦那一人になっちゃうんだよ……もし予定とかなかったらその三時間だけ手伝いに来て欲しいんだけど……」


 有磯神社で行われる夏祭りがあるのは八月の頭の日曜日だったはず。


「構わないですけど……なんで俺なんですか?」


「ほら!りょーちゃん料理得意でしょ!旦那も良ちゃんの料理美味いって言ってたから」


 優奈と夕食を交互に作りあっているため回数は減ったものの、田沼さんとは時々お裾分けをしあっている仲である。旦那さんは俺の料理を大層気に入ってくれたようで、俺さえ良ければって流れになっているらしい。


「分かりました。手伝いに行きます」


「ありがとう!働いてくれた分はしっかりお給料渡すから!」


 田沼さんは安心したように言った。

 夏祭りと行ってもなぁ。斗真は瀬尾さんと一緒に行くだろうし……優奈も友達と行くのだろうか。とはいっても暑い中、人混みを歩くのはあまり好きじゃないから行くつもりはなかった。

 まぁお隣の付き合いというのもあるし、給料が貰えるならと思い、俺は了承した。


☆ ★ ☆


「斗真、夏祭りは瀬尾さんと行くんだよな?」


 教室に入ると珍しく斗真が俺より早く来ていたため、夏祭りの予定を確認する。


「そのつもりだよ。なんだ良介。俺と行きたかったのか?」


「ちげぇよ。ただ聞いただけだ」


 ニヤニヤしながら聞いてくる斗真に、俺は否定しつつハアッとため息を漏らす。


「良介は今年も夏祭りは行かないのか?」


「いや、お隣さんが屋台をやるらしくてな。少しの間そこの手伝いをしに行く」


「何屋さん?」


「焼きそば屋」


「定番だな」


 焼きそばなら家で何度も作っているし慣れている。たこ焼きとか言われたらやったことがないので不安でしかなかったのだが。


「手伝いが終わってそのあとはどうするんだ?」


「帰る。あそこ毎年人多いじゃん」


「もったいないなー。毎年最後は花火が上がるんだぞ」


「花火なんて家でも見れるだろう」


 斗真が「分かっていないなー」と言いたげに首を横に振る。


「花火ってのはな。現地で見るからこそいいんだよ。打ち上がる音。迫力。その全てが家で見るのと現地では比べものにならないんだ」


「お前は花火の専門家か?そのあと誰かと回る予定もないし、そのまま帰るよ」


「天野さん誘えばいいじゃんかよ。それでもし断られたら俺たちと一緒に回ろうぜ。梨花も良介ならいいって言うだろうし」


「お前らの惚気を間近で見ろってか」


 俺は席に座る優奈を見る。彼女は本に目を落としていた。まぁ聞くだけならタダだしな。帰り道にでも聞いてみるかと思い、俺はチャイムが鳴るまで斗真と話していた。


☆ ★ ☆


「優奈。夏祭りって誰かと一緒に行くのか?」


 帰り道、隣を歩く優奈に尋ねる。


「夏祭り……?」


 大きな瞳をこちらに向けて、優奈は首を横に傾げる。この様子から見て夏祭りがあることすら知らないようだった。


「八月の頭に有磯神社で夏祭りがあるんだよ。優奈は行くのかなって」


「行きたいです」


 優奈は目を輝かせて言った。去年までドイツに住んでいたと言っていたから、久々の日本の祭りは行きたいという気持ちが強いのだろう。


「良くんは……夏祭りは行かれるんですか?」


「俺は手伝いで行くからな。その手伝いが終わったら帰ろうと思っていたんだが……優奈が行くなら……」


「手伝い……?」


「人手が足りないからって、お隣の田沼さんに頼まれてな」


「人手が足りないなら……わたしもお手伝いに行きましょうか?」


 優奈から予想外の質問が飛んでくる。

 田沼さんの旦那さんの屋台とはいえ、俺にとってはほぼアウェーの場所である。優奈がいてくれれば心の余裕はできるというものなのだが。


「あーどうだろうな。田沼さんに聞いてみないと俺からはなんとも言えないな。でもいいのか?屋台だから多分、男だらけだと思うぞ」


 以前行ったときがあるので覚えているのだが、屋台にはほとんど男性の姿しか見られず、女性は数えるぐらいしかいなかった。優奈の居心地が悪くならないかどうかそれが心配になった。


「良くんが……いてくれるのなら……わたしはどこでも大丈夫です。安心できますし……」


 恥ずかしげにこんなことを言ってくる優奈の姿はいつ見ても慣れない。

 だが、屋台で優奈が焼きそばを作って売っている姿はまるで想像がつかない。


「分かった。田沼さんに相談してみるよ」


「わたしも行きます」


「じゃあ一緒に行くか」


 俺たちは五階へと向かい、お隣の田沼さんの家のインターホンを鳴らす。奥さんは専業主婦だと言っていたため、買い物に出かけていない限りは家にいると思うのだが。


 ガチャっとドアが開く。そこにはエコバッグを持っていた田沼さんの姿があった。今から買い物に出かけようとしていたのだろう。グッド・タイミングである。


「あら、りょーちゃん。どうしたの……ってあらあら?可愛い彼女さんね」


「友人ですよ」


 口元を押さえて温かい目でこちらを見る田沼さん。俺はそれをキッパリと否定する。


「それより田沼さん。屋台の件なんですけど、まだ人手って足りませんか?」


「そうね……あと一人いてくれたらかなり助かるんだけど……」


 田沼さんは困ったように頬に手を当てた。


「その件を天野さんに相談したら手伝ってくれるらしくて……」


 そう言うと田沼さんの目の色が変わった。そして優奈を吟味するかのようにジッと見つめる。そして笑みを見せると優奈の手を掴み、


「ありがとう!天野さんって言うのね!助かるわ!」


 田沼さんも母さんが初めて優奈を見たときと同じような反応を見せる。優奈はどう反応したら良いのか分からない様子だった。


「ご、ごめんなさいね。勝手に手なんて握っちゃって……可愛かったらつい……」


「い、いえ。急だったのでびっくりしただけです。具体的にわたしは何をすれば……」


「そうね……。りょーくんと一緒に焼きそばを作ってくれたら助かるんだけど……」


「そこに関しては大丈夫ですよ。天野さんも料理得意なんで」


 田沼さんの目がより一層輝く。まるで自分の目の前に女神が舞い降りてきたかのような。


「りょーくん……」


「は、はい?」


「完璧よ!看板娘に成れるほどの美貌に料理もできる!これ以上の人材はいないわ!」


 なんかいつもの田沼さんのテンションとは違う。いや、優奈を紹介してからか。少なくとも俺と会話していたときとは見ることのできないテンションの高さである。


「天野さん。こっちの都合で申し訳ないんだけどよろしくお願いします」


「はい。頑張ります」


「それじゃあ、夏祭りの日よろしくね」


 田沼さんは上機嫌に笑うと、買い物へと出掛けていった。

お読みいただきありがとうございます。

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