姫とのデュエット
今仕事から帰ってきて見たらブックマーク1000突破!
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俺たちは再びバスに揺られ、しばらく歩いたところにカラオケ屋があった。ここのカラオケ屋は学生にも優しい金額であるため、家族連れというよりは友達同士で来る学生の方が多いようだ。
フリータイムと三時間タイムのどちらかを選べることができ、俺たちは三時間タイムを選択する。
「部屋番号は六番です。十分前になりましたら、お電話させていただきます」
「はい。分かりました」
「ではごゆっくり」
女性の店員さんから部屋番号と軽い説明を受けた俺たちは無料のドリンクバーへと向かう。俺はジンジャーエール。優奈はメロンソーダを選んだ。
六番と書かれた扉を開ける。
室内は狭すぎず広すぎず、二人にしては丁度良い広さであり、綺麗に清掃されていて落ち着いた空間だった。
「冷房つけるぞ」
「はい、お願いします」
空調も自分たちで調節することができるそうで俺は冷房の二十七度に設定する。しばらくして涼しい風が俺たちを身体を冷やしていく。
俺たちは向かい合うように座ろうとする。長椅子に座ると、優奈は「ふうっ」と一息吐いて羽織っていたアウターを脱ぐと、白い肌が露わになる。透き通るような肌は美しく色気すら感じてしまう。
体育祭のときもその白い肌を目にはしていたので少しは見慣れていると思ったのだが、私服になるとそれはそれでまた違った破壊力が生まれる。
冷房が効いているにもかかわらず、身体が少し熱くなるのを感じてジンジャーエールを流し込んだ。
「先に歌ってもいいですよ。良くんの歌声聴きたいです」
「いやいや、レディーファーストっていう言葉があるんだから最初は優奈だろう」
「いえ、最初は良くんが……」
「いやいや優奈が……」
などと譲り合いが発生してしまい、結局ジャンケンで決めることになった。その結果、優奈が最初に歌うことになった。
一応採点モードもあるらしいのだが、そのモードは選択せず優奈は操作パネルで曲を選んでいく。
「最初は……」
優奈が選択した曲が、モニターの上に表示される。優奈はマイクを手に取った。
「あ、この歌ってドラマの主題歌だよな」
主人公とヒロインが出会い、互いに徐々に惹かれ合う王道の恋愛ドラマ。満月の夜に主人公がヒロインに想いを伝えるというシーンは世の女性たちの胸をキュンキュンさせたそうな。
そのヒロイン役を務めた女優さんは新人にも関わらず、高い演技力を評価されているとテレビでも言われていた。
「うん。毎週見てるんです。それにこの歌を歌っている人が好きで……」
曲が再生される。前奏が二十秒間ぐらい流れると歌詞が表示される。
「〜♪」
柔らかい声音が室内に響く。リズムも完璧にとれていて抑揚を付けることによってその曲に込められた想いが伝わってくる。それだけ表現力が高いということだ。
やがてサビへと突入する。それと同時に優奈の声にも力が入って力強さが増した。まるでそのドラマの世界観に引き込まれそうなほどに。
三分半ほどの曲だったと思うが、すごくあっという間に終わってしまった感覚に襲われる。
歌い終わった優奈は満足げな表情を浮かべていた。
「その……どうでした?」
「得意じゃないとか言ってたけど、普通に上手いじゃないか。聴き入ってしまったよ」
「ありがとうございます。次は良くんの番ですね」
操作パネルを手に取って、「うーん」と俺は唸る。やはりカラオケなのだからテンションが上がる曲を歌いたいと思い、俺は曲を選択する。
「この曲。最近人気のある男性グループの……」
「そそ」
アップテンポな曲であり、途中にはラップシーンがある。あそこを噛まずに言えるかどうかは正直不安だが。
曲が再生され、疾走感のあるメロディーが流れる。楽器同士の音のぶつかり合いがより一層心を高揚させる。
俺は大きく息を吸った。
「〜♪〜〜♪」
緊張もあってか、声が震えている。
優奈はタンバリンを叩いて、盛り上げてくれていた。歌には自信がないが、ここまできてかっこ悪い姿は見せられない。
次第に緊張がほぐれ、心に余裕が生まれてきた。曲の終盤で、一番の見せ所であるラップシーンに突入する。
それもなんとか噛まずに歌い切ることができて、その曲は終了した。俺はホッとして、ジンジャーエールを喉に流し込む。
「とても上手でしたよ」
「ありがと」
「それじゃあ次の曲は」
優奈も少しノってきたのか、上機嫌な様子で曲を選択する。
「良くん。この歌分かりますか?」
「おお。これは知ってる。ソロ活動してる二人の男女アーティストがコラボで歌った曲だよな」
これも中々話題になった曲だ。優奈が歌っていたドラマの主題歌とは真逆で、切なくて甘酸っぱい青春をテーマにしたドラマで映画化もされていた。これはその映画の主題歌だ。俺も一時期よく聴いていたので知っている。
「一緒に歌いませんか?」
「まぁデュエット曲だしな。お姫様の足を引っ張らないように頑張るよ」
「しっかりエスコートしてくださいね」
ゆったりとした曲調。最初に優奈、次に俺、優奈、俺とパートが分かれていてサビは同時に歌うというデュエットらしい曲だ。
優奈の綺麗な声音からこの歌は始まる。
そしてこちらをチラッと見た。次は俺の番だと言う合図だ。マイクを持って、優奈が歌い終わると同時に俺が歌った。
☆ ★ ☆
「あっという間だったなー」
「そうですね……少し疲れました……」
デュエットのあと互いに盛り上がって曲を入れては歌い続けた。ほぼノンストップであったため喉が痛い。先程店員さんから「十分前です」という電話が来たので、俺たちは帰り支度を済ませる。
「一つ聞いていいか?」
「はい?」
「優奈が持ちかけてきたあの勝負。もし優奈が勝ったら何をお願いするつもりだったんだ?」
ずっと気になっていたのだ。
そんな勝負を優奈から申し出てくるということは、叶えてほしいお願いがあったからだと思ったからだ。だが俺が優奈のお願いを叶えられるほどのものを持っているとは思えない。
「わ、笑わないでくださいよ……」
「お、おう」
「……あ、甘えさせてほしいなって」
「え?なんて?」
「……甘えさせてほしいってお願いしようと思ったんです……」
純白の服の身につけていることも相まって、朱色に染まる優奈の顔がより一層強調される。
「笑わないでください」と言われたのだが、俺は吹き出さずにはいられなかった。
「わ、笑わないでって言ったのに……」
「ごめんごめん。可笑しくて笑ったんじゃないんだ。お願いがあまりにも可愛すぎるから」
頬をプクッと膨らませる優奈に謝罪して、
「そんなことお願いする必要なんてない。甘えたかったら好きな時間に好きなだけ甘えてくれればいいから。俺も嬉しいし」
「ほ、本当ですか?」
「こんな恥ずかしいこと、冗談で言えるわけないだろ」
きっと優奈と同じくらいに、俺も顔が赤くなっているかもしれない。でもそれ以上にそう言ってくれる優奈が嬉しかった。
俺は立ち上がって優奈の方へと向かうと、手を差し伸べる。優奈は小さな手で俺の手を握った。二度目の優奈の手の感触。ハウォーレのときのような恥ずかしくて手を離すということはなかった。
流石に店員さんに手を握っていられるところは見られたくなかったので、立ち上がったところで優奈の手を離す。
「帰ろうぜ」
俺がそう言うと、優奈は「……うん」と小さく頷いた。
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