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互いに胃袋掴まれた

 休日ーー

 部活にも所属していない一人暮らしの身にとっては時間の潰し方に一番困るものである。


 よし、掃除して昼寝でもするか。

 そう意気込み、立ち上がろうとすると一つの鍋が俺の目に入った。昨日の肉団子のスープである。


 朝食にも肉団子スープを食べたのだが、結局余ってしまった。流石に二日連続で食べるのには無理がある。

 だからといって、冷蔵庫の中に眠らせておくと忘れてしまう可能性がある。


 さて、どうしたものか。

 考えた結果、お裾分けすることに決めた。


「タッパーがねぇ」

 

 お裾分けの準備をしようとして、それに気がついた。

 仕方がない。鍋ごと渡すとしよう。

 掃除の前に、隣人である田沼さんの部屋へと向かう。確か今年で九歳になる息子がいたはずだ。口に合うかは分からないが、こういうのは食べ盛りに食べてもらったほうが、こいつも喜ぶだろう。


 しかしインターホンを鳴らしても田沼さんは出ることがなかった。出かけているのか。

 他の住人さんに渡すか。いや、でもそんなに面識ないしなぁ。などと悩んでいると、


(あ、いるわ)


 一階に降りて管理人さんの部屋を訪れる。


「はいはい。おー柿谷くん。どうかしたのかい?」


 管理人さんの山田さんだ。年齢は六十歳ほどだが、こうして誰とでも隔てなく接してくれる。


「すみません。天野さんの部屋番号って何番ですか?」


「あー天野さんなら107だよ。どうしたんだい?もしかしてーー」


「ご想像のような関係ではありません。ただのクラスメイトです。ありがとうございます」


 山田さんは俺と天野さんが同じ高校に通っていることを知っている。変な誤解をされる前にこうして釘を刺しておかねば。


 管理人さんの部屋を出て、俺は107番の部屋へと向かった。


 休日のこんな時間に部屋の前にいるなんて変な誤解されないかなーなどと思いながらも、インターホンを鳴らした。


 しかし、反応がない。

 出かけているのか、もしくはまだ寝ているのか。仕方がない。今日の昼食もこいつにするかーと考え部屋に戻ろうとすると、


「はーい」


 天野さんの声がインターホン越しから聞こえる。そしてなぜか俺がビクッと身体を震わせてしまった。


「あ、天野さん。今大丈夫?」


「柿谷くん?どうしたんですか?」


「昨日の夕食少し作り過ぎちゃってな。お裾分けだ」


「ちょっと待っててください」


そう言うと、インターホン越しからの天野さんの声が聞こえなくなった。


 そして待つこと五分。


「お待たせしました」


 そう言って天野さんはガチャリとドアを開けた。白のスウェットに花柄をモチーフにしたパステルカラーのルームウェア姿だ。


 その姿を見た瞬間、俺はドキッとしてしまった。まるで絵本の世界から出てきたお姫様にすら見えてしまった。

 どこか幼さを感じさせる顔立ちとふわふわとした生地感のルームウェアがマッチしているのだ、


「柿谷くん。どうかしましたか?」


 ボーッとしていた俺が気になったのか、天野さんは声をかける。「なんでもない」と誤魔化しつつ、咳払いを一つ入れて、


「これ。昨日作った肉団子のスープだ。できれば貰って欲しいんだが」


「鍋ごとですか。せめてタッパーなり別の容器なり入れることができたと思うんですけど」


「悪かったな。タッパーなかったんだよ」


「ですが、ありがとうございます。お言葉に甘えていただきます」


 俺との会話が慣れてきたのか、それともほんの少しだけ信用されるようになったのか、心意は分からないが天野さんは笑みを見せつつ鍋を受け取った。


「助かる。もし口に合わなかったら捨ててくれても構わないからな」


「そんなことするわけありません。料理に失礼じゃないですか」


 飛んでくる正論に俺はぐうの音も出ない。

 

「柿谷くん。今日は何かご予定でも?」


「いや、特にないな。家の中の掃除をしたらもう一度寝ようとは思っている」


「生活リズムを乱してはいけませんよ。授業中に眠ってしまったらどうするんですか?」


「え、めちゃ厳しい」


「当たり前のことを言ったまでです」


「んじゃ近くのジムでも行ってくる」


「それなら問題ありません」


「良かった……じゃねぇよ。なんでそんなこといちいち許可貰わなきゃいけないんだよ」


 しかもこの一連の流れが自然すぎるのが一番の驚きだ。まさかもう既にーー


「変なことを考えているのなら、柿谷くんの足を百回思い切り踏みつけます」


「マジ勘弁してくれ」


 俺の考えを読み取ったのか、大きな瞳を細めて俺を睨みつけるように見てくる。表情から出ていたのか?そんなに俺分かりやすい人間なのかな?と色々と考えてしまった。


 すると天野さんが「あっ」と小さく呟く。


「どした?」


「ちょっと待っててください」


 トタトタと小さな足音をたてて天野さんは部屋に戻っていく。戻ってくると、その手にはタッパーが入っていた。


「貰うだけというのはあれなので、わたしからはこれを」


「これは……筑前煮か?」


 鳥もも肉、にんじん、れんこん、こんにゃくに醤油で味付けしたであろう汁が入っていたので俺はそう予測した。


「そうです。もしかしてお嫌いでしたか?」


「そんなことはない。むしろ好きなくらいだ」


「なら良かったです。長く保存するために醤油や砂糖を多めに使っているので濃い味付けになってます」


「ほうほう」


「あと食べる前にはもう一度火を入れてから食べてください。具材に味が染み込んで美味しくなりますから」


「お、おう。教えてくれてありがとうな」


「こちらこそお裾分けありがとうございます」


 互いに感謝の言葉を述べると沈黙が続いた。

 俺はその沈黙を嫌って口を開いた。


「じゃあ、部屋戻るわ」


「はい、ではまた」


 そう言って、俺たちは別れた。


 部屋に戻り掃除をしているうちに、あっという間に昼食の時間となった。


 天野さんから貰った筑前煮を鍋に移し替え、火を通す。美味しそうな匂いが鼻をくすぐって、空腹感が増してくる。


 冷蔵庫に眠っていたご飯とインスタントのみそ汁、そして筑前煮を用意して、


「いただきます」


 と、早速筑前煮を口に運んだ。


「美味いな」


 程よいサイズに切られた野菜ととりもも肉。醤油と砂糖で味つけられただしが染み込んでいる。 

 味付けは濃くしているといっているが、俺には気になる程でもなく、丁度良いくらいだ。

 具材もパサついておらず、ふっくらとしていて美味しい。


 以前、筑前煮に挑戦したのだがこれだけ美味しくはできなかった。なんならレシピを教えて欲しいくらいだ。


 白米がどんどん進んでいき、あっという間になくなってしまった。


「一人暮らししているだけあって、やっぱ料理上手なんだな」


 一方その頃ーー


「美味しい……」


 天野さんも肉団子のスープを口にしていた。

 

「今度レシピでも聞いてみましょうか……」


 お裾分けした結果、互いの料理が互いの胃袋を掴んでしまった。

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