姫とペンギン
水族館へ入ると、「おぉっ」と思わず感嘆の声を上げる。
暑く明るかった外から一転、入口を進むと照明のトーンが下がって、深海を潜ったかのような青い世界が広がる。
休日だからか、水族館には多くの家族連れが多く見受けられる。
普段目にすることのない海の生き物を目を輝かせて見ていて、子供の両親も興味深そうに眺めていた。
「良くん。見てください」
そう言う優奈の視線には、ゼラチン色の半透明な身体を持つクラゲの姿があった。薄暗い空間もあってか、大小様々な水槽の中を泳ぐクラゲはより一層幻想的に思わせる。ふわふわと浮いているようにすら見えるクラゲたちを見ると、自然と心が癒される。
「クラゲはテレビとかで見たことはあったけど、生で見るのは初めてだな」
「ゆらゆら動いていて可愛いです……」
色鮮やかなライトに当てられて泳ぐクラゲを見て、俺と優奈は目を奪われる。いつまでも見ることができるが、いつまでもこの場に留まっているわけにはいかない。
名残惜しいが、クラゲたちが泳ぐ水槽から一旦離れて俺たちは階段を登る。
「えっとこの水槽にいるのは……チンアナゴ?」
小さな水槽に書かれているプロフィール表を見る。見たところそのチンアナゴという生物はこの場にはいない。
「チンアナゴって身体の半分以上を巣穴の中に隠しているんですよ。なんでも危険から身を守るためだそうです」
「へー。よく知ってるな」
チンアナゴは普段から砂に埋まって生活をしているらしく、穴は尻尾で掘っているそうだ。警戒心が強く迂闊に近づいてしまうと穴の中にスッポリとその身をさらに隠してしまうそうで。
一、二歩離れてその水槽を眺めると、チンアナゴがヒョコッと姿を見せた。ニョキニョキと動いて、キョロキョロと周りを見渡している姿は妙な可愛らしさを感じさせる。
どこかミミズに似ているところがあるため、女性からは敬遠されそうな生き物だと思ったのだが案外そうでもなさそうで、優奈もジッとチンアナゴを見つめていた。
程なくして視線に気がついたのか、チンアナゴは巣穴に姿を隠す。
「あっ……」と優奈は声を漏らして、残念そうに肩を落としていた。
「もう少し見たかったです……」
「まぁまぁ。ある程度見回ってからもう一度観に行こう」
分かりやすく落ち込んでいる優奈にそう声をかけて、俺たちはその場を後にする。
次に向かうのは、俺が一番会いたかった動物のいる場所である。水槽の中を気持ちよさそうに泳ぐ生き物たちに目を向けながら、俺たちは薄暗い廊下を歩いていく。
しばらくすると、その廊下に光が差す。
その光に目を細めつつその廊下を渡り切ると、開放的な空間が広がっていた。
そこには屋内とは思えないほどの巨大なプールがあって、そのプールには何頭ものペンギンの姿があった。
丸いフォルム、ぽってりと出たお腹に短い足、よちよち歩く姿が愛くるしい。
自由自在に泳ぎ回るペンギンもいれば、陸地をペタペタと歩くペンギン、羽をパタパタさせるペンギンもいた。
名前はマゼランペンギンと言うらしく、胸部にある二本の帯模様にくちばしの周りが黒色をしているのが特徴のペンギンだ。
「可愛い……」
優奈の言葉に、俺も迷わず首肯する。
ガラス越しから至近距離で見ることができるため、その可愛さがより一層伝わってくる。俺たちもガラスギリギリの近さまで寄って、泳ぐ姿を眺めていた。
すると、水面を浮くようにして泳いでいた一匹のペンギンが俺たちの方へと向かってきた。
俺はすかさずスマホを取り出して写真を撮り始める。二、三枚写真を撮るだけでは飽き足らず、俺はムービーで撮り始めた。
俺の想いに応えてくれたかのように、さらにこちらに寄ってきてくれる。気持ちよさそうにプカプカと浮かんでいる姿を見て、俺は柔和な笑みを浮かべた。
納得がいく程度に撮り終えると、スマホをしまって再びその姿を眺めていた。
すると、横からシャッター音が聞こえる。
優奈もスマホを取り出して、写真を撮っていたのだ。
ただスマホの角度からして、ペンギンだけの写真ではないのは明らか。優奈は俺とペンギンのツーショットを撮っていて、俺がだらしない顔を見せていたのを逃さずシャッターを切ったのだろう。
優奈は撮った写真を確認すると、満足げな笑みを作った。
「……なに撮ってんだよ」
「いえ。ペンギンを眺めている良くんの顔があまりにも可愛かったので……」
「恥ずかしすぎる……」
「誰にも見せませんよ。この写真も記憶もわたしだけのものです……」
優奈はスマホで口元を隠す。
あんな顔した写真を斗真に見られようものなら茶化されるどころじゃ済まないからな。
「頼むわ……」
俺は消え入りそうな声で、優奈にお願いする。
そのやりとりを間近で見ていたペンギンは、この場に居ずらくなってしまったのか、水中深くを潜って何処かへと泳いでしまった。
「行っちまったな」と言葉を漏らすも、十分すぎるほど堪能できたのでよしとする。俺たちだけではなく、他のお客さんにも自分の姿を見てもらいたいだろうしその場に留めてしまうのは申し訳ない。
「そういえばこの水族館にいる生き物たちのグッズとか販売しているらしいんだけど、そこも行ってみないか?」
「ぜひ行きたいです」
遠くへと行ってしまったペンギンに「じゃあな」と心の中で呟いて、俺たちはこの空間を後にした。
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