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「お、珍しいな。良介が順位表を見に行こうとするなんて」


 掲示板へと向かおうとする俺を見て、斗真は驚いたように言った。ほとんどの生徒はもう既に掲示板へと移動しており、上位百人の中に自分の名前があるかどうか確認しに向かっている。

 

「まぁ、たまにはな」


「それまたなんで?」


「気が向いたから」


「そう言って、本当は一位の座が奪われるか心配で見に行くんだろーこのこのー」


「あーはいはい。それでいいから。とっとと行こうぜ」

 

 こうなってしまった斗真は止まらない。

 ある意味母さんと似ているところがある。だがこう言ったところも含めて石坂斗真という人物であり、俺の親友なのだ。


 俺たちは廊下にできた人混みを抜けつつ、掲示板へと向かっていく。掲示板の近くは多くの生徒で溢れている。その人混みを掻き分けて、俺たちはその順位表を眺めた。


「お!俺、十六位!」


 先に名前を見つけたのか、斗真はガッツポーズを作る。なんだかんだ言っていたが、勉強会で一番頑張っていたのは斗真だ。

 当然だが、中間よりも期末考査の方が難易度も上がっていて教科数も増えている。その中で中間よりも順位を上げたのだから充分に褒められる結果だろう。


「やっぱ良介と勉強したからだな!」


「斗真は地頭はあるんだから、あとはやる気の問題だろ」


「だってよー。勉強なんてやりたくねぇんだもんよー」


「やらなきゃなんだよ」


 俺は呆れたように言葉を漏らす。

 斗真のサッカーに対する情熱と同じくらいに勉強に向けてやればもっと順位も上がると思うのだが。

 

「逆に良介はすげぇよな。マジ尊敬する」


「俺の場合やるやらないじゃなくて、マストだからな」


 もちろん一人暮らしを続けるためというのもあるが、それ以上に自分に課した試練のようなものだ。


「えぇと、梨花は……あったあった。七位だわ。さすがは梨花だ」


 瀬尾さんの名前を見つけると、斗真は感嘆の声を漏らす。彼女も今回の期末考査は手応えがあったらしく十位以内を目指すと言ってたので、目標を達成している。


「なぁ良介。あそこ見てみ」


 斗真が指を刺した方向に目を向ける。十二位に海老原の名前があったのだ。確か中間は二十九位。以前よりも格段に順位が上がっていた。


「やっぱあいつ……変わった?」


「変わったな」


 俺たちがそう思ったのはテストの順位だけではない。心境の変化があったのかは分からないが、体育祭から数日経ったある日、あれほど伸ばしていた自慢の髪をバッサリ切ったのだ。後ろと横は刈り上げとはいかなくとも短く切り整えられていて、前髪も眉に掛かる程度ですっきりとした印象を与えている。以前つけていた香水の匂いはもうしない。


「お、噂をすれば」


 俺たちの視界に、偶然海老原が入った。海老原も俺たちの視線に気がついたのかこちらを見ると、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「……次こそ勝つ」


 それだけ言い残して、海老原は教室へと戻っていった。相変わらず鋭い目を向けていたが、体育祭のような殺気だったような印象はなかった。


「あとは良介だな。まぁそうは言っても……」


 海老原の言い方からして俺の順位は十二位より上。斗真が眺めたのは順位表の一番上だ。俺も釣られるように視線を上に向ける。

 そこには一位、柿谷良介と名前が載っていた。


「新入生テスト、中間テスト、そして期末考査、三冠おめでとう」


「どうも」


 ぶっきらぼうに返事を返すも、俺はホッと一息をついた。いつもは斗真に順位を聞かされていたのだが、改めて自分の名前が一位の欄にあるのを見ると一位を取ったんだという実感が湧くと同時に、この順位をキープできるように頑張ろうと思った。


「天野さんは今回も二位か。二位を維持するってだけでも充分凄いよな」


 俺の名前の下には優奈の名前があった。

 掲示板の近くには彼女の姿はない。気付かぬうちにすれ違ってしまったのか、それともまだこの場に訪れていないのか。


「これだけ頑張ったんだ。少しは自分を労ってやれよ」


「いいや。まだまだだ。少し凡ミスもあったからな。家に帰ったら復習だよ」


「そうか。まぁほどほどにな。俺このまま部活に行くから、それじゃあな」


 その場で斗真と別れると、俺も踵を返して教室へと戻った。 


☆ ★ ☆


「約束通り、できる範囲で良くんのお願いを一つだけ叶えます」


 夕食を食べ終えくつろいでいたときに、食器洗いを済ませた優奈が隣に座ってくる。人一人分のスペースが空いているが、そこからでも甘いシャンプーの香りがする。


「あーそうだな……」


 俺は考えるように後頭部を掻く。


「それじゃあ……今度の休み……再来週の土曜に水族館に行かないか?」


「水族館?」


「おう」


 必要最低限の買い物と運動以外はあまり外に出たがらない俺だが、水族館だけは行ってみたいと思っていた。

 以前水族館の生き物を特集しているテレビが放送されていて興味を持ったのだ。


「優奈も好きかなって思ってな。以前ペンギンのスタンプを送ってきたから」


「結構前のことなのに覚えててくれてたんですね」


 優奈は少し驚いた様子を見せるも、嬉しそうに小さな笑みを見せる。


「このお願いは叶えられる範囲かな?」


 優奈はコクリと頷く。


「水族館は久しぶりに行くので楽しみです」


「確かバスで三十分ほどのところに水族館があるはずだから、そこに行くか」


「はい」


 嬉しそうに笑う優奈を見て、俺も表情を崩す。 再来週の土曜日が楽しみとなった。

お読みいただきありがとうございます。

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