お菓子作り
「んっ。美味しい」
ボウルに入ってあるチョコを味見した奏さんは、味についてそう評価した。
平日の放課後、俺は家のキッチンで奏さんとホワイトデーに優奈にプレゼントするお菓子作りに勤しんでいる。
「だいぶチョコを滑らかにできるようになってきたね。湯煎のときの温度管理が上手くいっている証拠だよ」
「ありがとうございます。色々と付き合ってもらって」
「いいよいいよ。わたしはもう卒業間近で学校も午前中で終わって暇だから」
奏さんにお菓子作りをお願いして以来、作り方の注意点や味見など色々力になってもらっていて、本当に頭が上がらない。
そんなことを話していると、一つの伸びた影が俺と奏さんの前に現れた。その影の持ち主に奏さんは、
「純也も今年はバレンタインのお返しに手作りお菓子とかくれてもいいんですよー」
そう声をかけられた影の持ち主、純也はピタリと足を止めてこちらを見る。そしてこう言い放った。
「カッキーはカッキー。俺は俺だ」
俺は今、純也の家にお邪魔してキッチンをお借りしてお菓子作りをしている。
優奈にはこのお菓子作りを内緒にしているし、それに奏さんを家にあげて優奈と出くわすとあらぬ誤解を生みかねないので、リスクを回避する意味でも俺の家でお菓子作りの練習は行えない。
そこで候補に上がったのが、純也の家だった。
純也のご両親は今仕事が忙しくそうで、遅いときは帰りが十時を回ることがあるらしく、そのため奏さんが純也に夕食を振る舞っているそうなのだ。
純也に相談すると、彼は二つ返事で了承してくれた。純也のご両親には奏さんから相談してくれたらしく、『奏ちゃんのお友達なら大丈夫』とご両親からの返事を貰い、双方からの快諾を得て今に至る。
もちろんお菓子作りに使用する材料は全て俺が負担、使用されてもらった調理器具も全て洗い片付けている。
「純也も食ってみてくれよ」
「おー」
純也はスプーンで掬ったチョコを手の甲に乗せて、舐める。数秒、味を確かめるように沈黙したのち、
「うん。普通に甘くて美味しいよ」
「サンキュ。これぐらいの湯煎具合が二人の反応が一番良かったから覚えとかないと」
湯煎する温度が最適温度よりも高いと、油分が分離して見た目、舌触り共に本来のチョコレートに程遠いものとなってしまう。
俺が優奈にプレゼントするお菓子はチョコの湯煎具合が全て。お菓子の基盤とも言える部分のここの感覚を覚えないことには美味しいものを作ることができない。
「そういえば聞いてなかったんだけど、カッキーはホワイトデー天野さんに何をお返しするの?」
「ガトーショコラ。優奈甘いの好きだから」
「へぇ。てかさ。ガトーショコラ作り結構練習してるよね。俺まともに料理できないから偉そうなこと言えないけど、これぐらいでいいかなって思ったりしないの?」
「ないな。作るからにはやっぱ美味いもんにしたしこだわりたい」
純也の問いに、俺は迷わず即答する。
優奈のことだ。どんな味だとしても絶対に「美味しい」と笑顔で答える。
手作りだろうが市販だろうが、美味かろうが不味かろうが、優奈はそこは気にしない。俺が優奈のために選んだり作ったりするその過程が、彼女にとって何よりも大事なことなのだろう。
もちろん俺も優奈のためを思って今こうしてガトーショコラ作りに励んでいるわけなのだが、せっかく手作りをプレゼントするからには思わず食べたくなってしまうようなものを。心から「美味しい」と言わせられるガトーショコラを作りたい。
だから妥協するなんてことなんてありえないし、少しでも美味く作れるのなら妥協はしたくない。
「まぁでもこだわりすぎて別の問題が発生してしまっているんだけど」
「別の問題?」
苦笑しながら言葉を吐いた俺に、奏さんが目を丸くして首を傾げた。
「ここ最近、バイトがない日も帰りが遅いから優奈を心配させてしまっているといいますか」
もちろん優奈と一緒に帰宅する日も設けているが、今は大半の時間をお菓子作りに割いている。
最近帰りが遅いですね、と食事中に優奈から一度呟かれたときがあったのだが、本当のことを言うわけにもいかずなんとか誤魔化した。
「良介くん。それただの惚気だよ」
「それに関しては奏に同意」
二人はそう言ってジト目を向けてくる。別にそういう意味で言ったわけではないんだがと、俺はまたも苦笑を浮かべる。
「お菓子を渡すときにちゃんと事情を説明するんだよ。せっかく彼女さんのために作ったのに変な誤解を生んで仲が悪くなっちゃったら元も子もないんだからね」
「はい。そこはきちんとやりますから」
話はここまでにして、俺はガトーショコラ作りを再開した。




