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手作りお菓子

 バレンタインからしばらく経過したある日の休日の昼下がり。


 今日は午後からバイトのシフトに入っており、俺は制服に袖を通していつも通りホールの仕事をこなしている。


 忙しい時間帯を乗り越えて店が落ち着き出した頃、俺は空席になったテーブル席の食器を片付けて厨房まで運んでいた。


「良介くんお疲れー」


 食器を運び終えてホールに戻ろうと踵を返したところで名前を呼ばれる。振り返ると、切れ長で綺麗な瞳とシュシュで留めたポニーテールが特徴である奏さんがいた。


「奏さん。お疲れ様です」


「だいぶ人落ち着いた感じかな?」


「そうですね。しばらくは余裕ある時間帯続くと思いますよ」


「助かったー。あの忙しさ続いてたらさすがにしんどかったからさ」


 今日の昼下がりは店が満席になるくらいには忙しく、ホールキッチン共にかなりバタバタした時間を過ごしていた。お店にとっては嬉しいことなのだが、そこで働く従業員にとっては怒涛の時間だっと言える。

 安堵するように小さな微笑みを見せる奏さんの表情からも、疲労の色が伺えた。


「ねぇ良介くん。そろそろキッチンが恋しくなってきた頃なんじゃない?わたし個人としては良介くんが戻ってきてくれた方が何倍も助かるんだけどなー」


「それを決めるのは店長ですからね」


 元々はホールの人員不足が原因で一時的にキッチンからホールに変わったのだが、羽田さんがそのことを忘れてしまっているのか、ホールの人員不足が解消しても俺がキッチンに戻るような気配がないのだ。


 俺としてはこのままホールでもキッチンに戻されてもどちらでもいいと思っている。どちらも大変なところがあることは分かっているし、それを含めてやりがいを感じている。

 

「ほら、今日はシフト入ってるけど、凱さんも美羽ちゃんも最近大学の勉強が忙しくてあまりシフトに入ることできてないじゃん。そういうことも含めて良介くんにはキッチンにいてくれた方が心強いんだよね」


「あー。それじゃあ今度店長に聞いてみましょうか」


 今のところホールの人員は足りているし、俺が前まで担当していた教育係の仕事も今は春翔に少しずつ任せている。俺が抜けたところでさして変わらないだろう。


「そういや奏さんも四月から大学生ですよね」


「うん。それがどうかした?」


「いや。なんというかこれまでと環境が変わるからてっきりバイトも三月いっぱいで辞めたりしちゃうんじゃないかなって」


 進学する、というのは聞いていたが、詳しい進路までは俺も聞いていない。

 近くの大学に通うのかもしれないし、はたまた県外の大学に進学して一人暮らしをするかもしれない。


「まさかまさか。大学も実家から通えるところだし、ここの環境もわたしは好きだから辞める予定はないよ。もしかして良介くん的にはわたしには辞めてほしかったのかなー」


「なんでそういう風に受け取っちゃうんですか。ただ奏さんの詳しい進路は聞いてなかったんで気になって聞いただけですよ」


「アハハッ。ごめんね。少し意地悪言っちゃって」


 眉間に皺を寄せながら険しい顔を向ける俺に、奏さんは手を合わせながら意地悪なことを言ったことを謝罪する。


「奏さんには良くしてもらってますし、奏さんがいた方が職場も明るくなるんですから、奏さんはまだここに必要ですよ」


「へぇー。もしかして、わたしがいなくなったら寂しかったりする?」


「そりゃ……寂しくないことはないですよ」


 顔を覗き込むようにして問いかけてくる奏さんに、俺は顔を逸らしながらそう答えた。

 一年以上お世話になった人が居なくなったら、誰だって寂しいに決まっている。


「そこは普通に寂しいって言えばいいのにさ」


 紛らわしい言い方をした俺に対して声をかけた奏さんは朗らかに笑う。そんな彼女の姿を見て俺は若干唇を尖らせた。


「まぁそれじゃあ四月からもよろしくお願いします」


「はい。よろしくね」


 とは言え、四月以降も奏さんはここで働くことを知って、内心安堵する俺がいたのも事実だ。その感情を悟られぬべく小さく息を吐いたあと、小さく頭を下げてそう言うと、奏さんも口元に笑みを浮かべて応じた。


「それでちょっと話変わるんですけど、一つ相談事があって」


「うん。なになに?」


 相談事を持ちかけられた奏さんは、聞き手にまわる。そんな奏さんに俺は相談事を口にした。


「奏さんてお菓子作り得意ですか?」


「んー。結構作るから比較的得意の部類に当てはまると思うよ。それがどうかした?」


「その、俺にお菓子作りを教えてほしくて」


 俺の発した言葉に、奏さんは目を丸くした。俺は続けて、なぜそんなことを言ったのか理由を説明する。


「実はバレンタインのお返しに彼女に手作りお菓子をプレゼントしたいんですけど、一人で凝ったものを作ったことなくて中々上手くできなくて……」


 お菓子作りは何度もやっているが、それは優奈と一緒にやっていたことで一人ではあまり作ったことがないのだ。

 優奈が家にいない時間帯を狙ってこっそり試作品をいくつか作ってはいるものの、現状足踏み状態が続いている。


「だからもし奏さんさえ良ければお力を貸してもらいたいんですけど」


「うん。わたしで良ければ全然力になるよ。それに純也と喧嘩したときに間に入ってもらったときの恩をまだ返していないからね」


 これで貸し借りなしね、と奏さんはウインクをする。


「ありがとうございます」


「言っておくけどわたしはお菓子に関してはうるさいからね。教えるからにはビシバシいくよ」


「はい。お願いします」


 こうしてホワイトデーまでの間、奏さんとの手作りお菓子を作る練習の日々が始まった。

凱、美羽と見て「誰だ?」となった方もいると思いますが、そう思われた方は125話をご確認ください。

名前と少しだけ登場しています。

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