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来年の今頃

 三学期が始まって数日が経った昼休み。

 俺と優奈は空き教室で昼食を食べていた。


「良くん。お味噌汁どうぞ」


「ありがと」


 優奈から手渡されたのは湯気が立ち昇るステンレス容器。

 具材はわかめと豆腐と薬味ねぎ。俺は早速味噌汁を口にする。


「あー。美味い。やっぱ寒いときは汁物飲みたくなるよな」


 だしが効いていて、薬味ねぎが味を引き締めている。容器は味噌汁の熱を逃すことなく程よい温かさが保たれていて、身体の芯から温まる。

 優奈が寒い時期に弁当と一緒に味噌汁を持ってきてくれるようになってからは、昼食にも味噌汁がなければ生きていけないようになっている。

 大袈裟かもしれないが、それだけ味噌汁の力は偉大だということだ。


 味噌汁を飲むことでもちろん得られる栄養素も豊富だが、何より一息つけるというか心が落ち着いて、午後からの授業を頑張る活力になる。


 ホッと一息ついておかずを食べ進める俺を眺めていた優奈は、口元を綻ばせて箸を進めた。


「それにしても、今年もこの時期の三年生はピリついてるな」


「もうそろそろ受験ですからね」


 去年同様、この時期の三年生の教室周辺はピリピリとした空気が流れていて、一、二年の生徒が近寄れる雰囲気ではまるでない。移動教室でどうしてもその近くを通らなければいけない場合はやむなしで通るのだが、聞いた話では三年生の一部の生徒の目が血走っているとか。

 放課後も図書室に自習する三年生も増えているし、バイト先でも一人で勉強している他校の生徒も見かける。


 努力する姿を見せられたら、誰だろうと関係なく応援したくなるし、その努力が実ってほしいと思う。


「俺も来年の今頃はそんな風になってんのかな」


 弁当を全て食べ終えて、味噌汁を飲んでいた俺はそんなことを呟いた。

 

 ありがたいことに校内の定期試験も全国模試も満足のいく結果を残せていて、このままいけば希望大学に合格できる。

 今はそんな感じだが、それは全部受験を受ける前の話。本番になれば学年順位だとか模試の結果だとか、そんなものは関係ない。


 当日の試験問題に思わぬ落とし穴があって、そこから一気に調子を落として合格できると思っていた大学が、いざ蓋を開ければ不合格だった。なんてことはありえない話ではない。体調を崩して本来の力を発揮できずに落ちるなんてこともザラにあることだろう。


 そうならないように、後悔しないように、隙間時間を見つけて勉強をしているのだ。

 そんな受験生の姿は、まるで来年の自分を表している気がする。流石に目が血走るくらいまで根を詰めることはしないと思うのだが、それに近い状態になるくらいには追い込みをかけていることだろうな。


「大丈夫です」


 未来の自分の姿に想いを馳せていると、優奈がこちらを真っ直ぐ見つめる。


「大丈夫って……何が?」


 今のところ、優奈が口にした『大丈夫』という単語の意味がいまいち理解できず、俺は目を丸くする。


「勉強面に関しては良くんに頑張ってもらう他ありませんが、生活面では良くんが万全な体調で臨めるようにサポートしますから。夜食とか作ってあげますし」


 そう言い切ってみせると、優奈は微笑んでみせる。


「いや、でもな……」


 優奈が第一志望として受ける大学もレベルとしては高いところで、青蘭高校の成績順位で表現するなら最低でも上位五十位くらいには食い込んでいなければまず厳しい。

 優奈ならまず問題ないと思うが、それでも勉強時間は必須。ましてや俺のサポートで勉強時間を割かせてしまうのは気が引ける。


「それに一緒なら良くんに分からないところ聞けますし……そうすれば必然的に二人の時間も増えますから……」


「……さては最初からそれが目的だったり?」


「ち、違いますよ。良くんをサポートしたいのは本音ですけど、一緒の時間をもっと過ごしたいのも本音で……」


 冗談冗談、と顔を朱色に染め上げた優奈に、俺は声をかけると共に優しげな笑みをこぼした。


「てかそしたらいつもみたいな感じになっちゃうな」


「そうかもしれませんね。ちょっと帰る時間が遅くなるくらいで」


 結局、一緒の時間を過ごすのが長くなるだけで何も変わらない。つまり普段からそんな生活を送っていることを改めて認識させられて、微笑ましいように思ってしまう。


「夜食かー。優奈の飯美味いからつい食べすぎるかもな」


「量も栄養素もきちんと管理した夜食を作ってあげますからね」


 本格的な受験勉強を前に、受験勉強中の楽しみが一つ増えた。

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