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一つ一つの時間を大切に

 バイトが終わり着替えを済ませて外に出ると、入り口のドアの近くで優奈が待っていたので、少し歩く速度を速めた。


「お待たせ。思ったよりも長引いた」


 時間になったあとも少し手伝いをしたり引き継ぎなど色々なことに時間を割いてしまって、予定時刻よりも十五分ほど過ぎてしまった。

 昼食を食べ終えた斗真たちが学校に向かったあと、優奈はバイトが終わるまで一人で待ってくれていたので、申し訳なさも感じている。


「いえ、お仕事なんですから仕方のないことです。気になんてしていませんよ」


「そっか。ありがと」


 そう言って俺は腕を伸ばす。その先には優奈の手を塞ぐ食材の入ったエコバックがある。


「大丈夫ですよ。良くんも疲れているでしょう」


「そこまで疲れてない。それに今日は優奈に買い物を任せきりになっちまったんだから」


 だから持つ、と俺は言った。

 優奈に荷物を運ばせて、バイト帰りだからと何も持たず一緒に帰路に着くのはなんか違う気がする。

 それに本来だったら今日は一緒に行く予定だったのだ。だったらせめてその荷物くらいは持たせてほしい。


「……分かりました。お願いします」


「おう」


 手渡されたエコバックを落とさぬように紐の部分をしっかり掴む。反対の手は優奈の手を離さないようにちゃんと握りしめて、俺たちは自宅へと向かう。

 

 一月にしては穏やかな天気。ぽかぽかとした陽気が差し込んで、眠気を誘発する。そんな空の下を優奈とこうして一緒に歩いていられるのは、今日のバイトのご褒美とも言っていいだろう。


「明日から学校ですね」


 日差しを浴びながらしばらく歩いていると、優奈から他愛のない話が振られた。


「そうだな。三学期はあっという間だろうしそしたら三年生か。早いもんだな」


 そう感じるということは、二年生もそれなりに充実した時間を過ごせていたということだろう。実際、そんな時間を過ごせていた実感はある。そう考えれば、二ヶ月と少ししかない三学期は瞬きする間に終わってしまうかもしれない。


「そう、ですね」


 優しく穏やかな優奈の声音に、僅かな憂さが混じる。

 歩く速度を少し落として優奈の表情を覗き込むと、美しさと愛らしさを併せ持つその顔立ちに影が差し込んでいた。


「優奈?」

 

「ごめんなさい。ただもう最後なんだなってふと思ったんです。良くんと、みんなと楽しい学校生活を送れるのが、あと一年で終わってしまうんだって」


 暗い雰囲気にしてしまったことを謝りつつ、優奈は顎を上げ晴れやかな青空に向けて言葉を吐いた。

 楽しい時間ほど流れが早く感じるのはよくある話。俺もそうだし優奈もそう感じている。きっと斗真や他のみんなもそう思っているだろう。


「そう考えると少し寂しく感じてしまって……」


「優奈」


 彼女の名前を呼び、優奈は見上げていた顔をこちらに向けた。


「まだ三年生にもなってないのに、何もうお別れみたいな雰囲気出してんだよ。これから少なくとも半年以上はあいつらの顔を見ることになるんだ。てか、今から寂しがってたら、別れるときなんて号泣どころじゃ済まないぜ」


 フォローになっているかどうかは分からないが、俺はそう声をかける。

 どんなものにも始まりがあれば終わりがある。

みんなともいつものように毎日顔を合わせて話すことはめっきり減るだろう。

 

 確かにそれは寂しいことかもしれない。でもそれで今生の別れになるわけじゃない。今どき連絡も簡単に取り合えるし、その気になればいつでも会える便利な時代だ。


「今はただ楽しく過ごせばいいって俺は思う。寂しがるのはそのときがきてからでも十分だろ」


「……そうですね。一つ一つのみんなとの時間を大切に。もしお別れの時間がきたときにもっとこうしておけばよかったと後悔したくないですから」


 優奈の表情に憂いが消えて、いつもの柔らかく優しい顔立ちへと戻る。自然と歩く速度もいつも通りに戻った。


「そういや優奈がさっき言ってたこと。瀬尾さんたちに言ってあげれば?きっとみんなめちゃくちゃ喜ぶぞ」


「い、言いませんよ。恥ずかしいんですから」


 揶揄うように俺は言って、優奈は顔を赤らめて首を振る。程なくして顔を見合わせて笑い、ぎゅっとさっきよりも強く手を繋ぐ。寂しさを感じないように。感じさせないように。

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