次の日の朝
意識が覚醒して、閉じていた瞼をゆっくり開けた。
仰向けで眠っていた俺の視界の先には見慣れた天井が広がる。閉めていたカーテンからは朝の訪れを知らせる朝日が零れていた。
身体を横向きすると、まだ夢の中にいる優奈がすぅすぅと安らかな寝息を立てて眠っていた。
優奈もこちらに横向きで眠っていたため、優奈の寝顔が目の前にある。彫りが浅くあどけなさを残す顔立ちは可愛らしく愛おしさを覚える。
顔にかかる髪をさらりと払ったあと、眠り姫な優奈に小声で話しかけた俺は額に軽い口付けを落とした。
「んっ……」
触れた感触に優奈は声を漏らしたが、起きるまでには至らずまた寝息を立てた。
俺も優奈も、この時間ならもう起きて身支度を整えているのだが、今は休み期間。ゆっくり寝かせてやってもいいだろう。
眠りの邪魔をするわけにはいかなかったので、起こさないよう静かにベットから降りて、寒くないように少しずれた毛布を優奈にかけてやり、大きな欠伸をしながら俺は自室を出た。
顔を洗い部屋着に着替えた俺は、見慣れた情報番組にチャンネルを変える。今日の天気予報や最新ニュースを聞きながら、俺は朝食の準備に取りかかる。
のんびりとした休みの日だからこそ作れるものにしようと悩んだ結果、朝食はホットケーキにしようと決めた。
作るのは実は初めてなのだが、要領はなんとなく分かる。とりあえず普通の大きさのホットケーキを二枚でいいか。
ボウルに牛乳、卵、砂糖を入れて混ぜたあと、ホットケーキミックスを入れてさらにかき混ぜる。火が通ったフライパンにホットケーキの素を投入して、焼き上げ始める。ほんのりとバターの香りが漂い、鼻をくすぐった。
その匂いに釣られてなのだろうか、焼き始めてしばらく経ったところで目を覚ました優奈がリビングに現れた。
「おはよう、優奈」
「おはようございます……」
キッチンから見える優奈に挨拶を送ると、まだ少し寝ぼけた様子の優奈が挨拶を返す。小さな欠伸をしながら瞼を擦っていて、トロンとした瞳をこちらに向ける。視線が交じり合うと、眠たげながらも穏やかで柔らかな瞳へと変わっていく。
「……まぁとりあえず顔でも洗って待っててくれ。朝飯もうすぐ出来上がるから」
変な間ができてしまったあと、俺も視線をフライパンに戻して優奈に言った。
優奈もこくりと頷いて、そそくさと洗面台へと向かう。シャーッと水が流れる音が聞こえた。
優奈のせい、にするのも少し違うような気がするが、顔を合わせるまで何とも思っていなかったのに、あの瞳で見られたら変に意識をしてしまって。
ふと、昨日の夜のことを思い出した。
優奈の表情、触れたときの熱と柔らかさ、どれもこれも鮮明に覚えている。
目を潤ませて唇を振るわせながら、熱のこもった吐息混じりに俺の名前を呼ぶ優奈の声に、理性はどんどん溶かされていって――、
優奈が俺を見て赤面する気持ちが分かったような気がした。
すんすん、と鼻を鳴らすと何やら焦げたような匂いがして、俺は慌てて視線を落として、
「あっ」
と、思わず声を漏らした。
☆ ★ ☆
朝食の準備ができて、俺たちは食卓につく。
そんな中、優奈の視線は向かいの席に座る俺の皿へと向けられる。
「良くん。そのホットケーキは……」
「優奈は気にせず食べてくれ」
優奈の皿には綺麗な焼き目で甘い香りを漂わせる形の良いホットケーキが二枚。対して俺の皿には形こそ良いものの、焦げ目が目立つホットケーキ二枚が盛り付けられていた。自分の失態である以上、これは自分で食べなければいけない。
いただきます、と手を合わせてホットケーキを口にする。普通のホットケーキなら生地の柔らかい食感と甘い風味が口の中に広がるはずだが、実際食べた感想は……食べられないわけではないが本来のものとは程遠いほどの出来であり、味わうよりも先に飲み込んだ。
「優奈の方のホットケーキはどうだ?美味いか?」
「はい、柔らかくて美味しいですよ」
「そうか。それならいい」
流石に優奈のホットケーキまで不味いものだったらどうしたものかと悩んだが、美味しそうに食べてくれているしそう言っているので、その点に関しては気にする必要はなくなった。
「昨日は、よく眠れました?」
「あぁ、眠れたぞ」
と、優奈が問いかけてきた。
なぜ急にその質問を投げかけてきたのか、内心で首を横に傾げながらも、俺はそう答える。
「良かったです。その、昨日は眠るのが少々遅くなりましたので……」
質問に隠していた真意を明かした優奈の頬は微かに染まっている。
「あー、まぁそうだな」
「……良くんがいっぱい触るからです」
「それ言うなら優奈も触ってきただろ……」
時間が流れるのがあっという間に感じた。向けられる瞳は全てを受け入れてくれる慈愛のようなものを感じて、触れた髪も指先も全てが愛おしくなって。甘く幸せな時間を過ごしたと思う。
「でも最初に触ったのは良くんです」
「そのあと倍でお返しですってやり返してきたじゃん」
言葉を返されて優奈は何も言えなくなる。それでも僅かながらの反抗心の表れなのか、少し頬を膨らませていた。
頰に溜まった空気を抜こうと立ち上がって腕を伸ばすが、既の所で優奈に躱される。こちらを見て淡く微笑みかける優奈に、俺もまた笑みをこぼした。
甘い空気に包まれている身体を中和させるかのように、焦げたパンケーキのなんとも言えない味が口に広がる。
「今日午前バイトあるけど、もしよかったら午後から出かけるか?別の予定あったら無理にとは言わないけど」
「買い物、一緒に行きましょう」
「あいよ」
甘い時間も良かったが、こうして何気なく過ごす穏やかな日々も、俺は好きだ。




