二人の少女の出会い
桜の花が咲き誇り、草木が芽吹く四月。
一人の女の子がかなり読み込まれた小説の文字列を読んでいると、彼女の視界に影が入り込む。
顔を上げると、明るげな雰囲気の少女がいた。
青蘭高校に入学してまだ三日目。クラスメイトの名前と顔はまだ一致していない。
「東雲さん……だよね?」
確認するような言い振りで首を傾げる少女に、結月はこくりと首を縦に振って応える。
「良かったー。間違えたらどうしよって思ったー。ごめんね。急に話しかけて。わたし平野ともえって言います。この間の自己紹介のときも言ったけど改めて。よろしくね」
結月は不思議に思っていた。なぜ自分に声をかけたのかと。
三日も経てば既にそれなりにグループはできている。結月は人と話すのをあまり得意としていないので、自分から話しかけにいくことができず見事に一人となってしまったのだ。
こんな暗い性格の自分に何で彼女のような明るい性格の子が話しかけてきたのか。
そんな疑問を抱いていた結月を他所に、ともえは続けて、
「東雲さんって何の部活に入るかもう決めた?本が好きだから文芸部とか?」
「……まだ、決めてない」
「そっか。じゃあさ。一緒に手芸部入ろうよ!絶対楽しいと思うから!」
初めて話してまだ数分も経っていない。現状、友達という関係はおろか、ようやく顔と名前が一致した彼女からの誘いの言葉に、結月は少々面を喰らったような顔を浮かべた。
☆ ★ ☆
夕食を終えた俺たちは、再び元の部屋に戻っていた。
豪勢な食事を堪能したあと、デザートにショートケーキが出てきた。これもまた絶品で店で売り出されていれば迷わず購入しているレベルだ。
東雲家が用意してくれた料理の数々に舌鼓を打ち、いい感じの満腹感を味わっていると、
「そろそろ本日のメインイベント、プレゼント交換のお時間といこうじゃないか」
そう言った斗真は七つの巾着袋を持ってきた。サンタを意識してなのか、白生地の布に赤色のリボンが結ばれているため、どの巾着袋にどんなプレゼントが入っているかは分からないようになっている。
「プレゼント交換ってどういう風に決めていくの?」
「それはもちろん抜かりなく準備していますって」
平野さんから投げかけられた質問の回答として、斗真は小さな箱を取り出した。
プレゼントの全てが巾着袋に包まれていて、この箱があるということはあれしかない。
「くじ引きで決めるのか」
「あぁ、これが一番公平な決め方だからな。番号が書いてある紙を順番に引いてもらって、その番号がクリスマスプレゼントになりまーす」
と、俺の言葉に斗真は頷くと、中身を混ぜるため箱を軽く何度か振る。
くじ引きならみんな楽しみながら当たったプレゼントに一喜一憂できたりする。一喜となるか一憂となるかは己の運次第。そういう意味では俺の今日のくじ運は一分の一でハズレ賞を引いた最悪の状態。
「もし自分が用意したものが自分に当たった場合はどうなるの?」
「そりゃもちろんそれがクリスマスプレゼントだよ」
「それは嫌だなー」
東雲さんの問いかけに斗真は答えると、それを隣で聞いていた真司が顰めっ面を浮かべた。
誰からのプレゼントを貰えるのかそのドキドキが醍醐味なのに、いざ開けると実は自分のでしたってオチが一番面白くない。
「まぁこればかりは自分のくじ運で解決してくださいってこと」
こんなもんでいいだろ、と斗真は中身をシャッフルした箱をテーブルの上に置いて、
「それじゃあくじ引く順番だけど……普通にじゃんけんで決めていいよな」
斗真の提案に各々が頷いて、じゃんけんで決めた結果、くじを引くトップバッターは優奈に決まった。
優奈は腕を箱の中に突っ込んで、しばらく熟考したのちに紙を取り出す。折り畳まれた紙を開くと、5と書かれていた。
「もう開けてもいいのですか?」
「うん。どうぞどうぞ」
斗真に確認をとった優奈が、赤リボンの結び目を解いて巾着から中身を取り出す。優奈が取り出したのは程よいサイズの箱だ。ブランド名だろうか、何か文字が書いてある。少なくとも英語ではないのは確かだ。
「あ、それわたしが用意したものなの。最近フランスから日本に進出してきたお店があるんだけど、そのお店のお菓子なの」
「えー。いいなー。天野さん羨ましいー」
「天ちゃん。今度どんな味だったか感想教えてね」
「いいですよ」
箱の中身の正体を告げられて、真司は指を咥えながら眺めて、瀬尾さんは優奈に言葉をかける。
「結月さん。ありがとうございます。美味しくいただきますね」
と、優奈は東雲さんに柔らかな笑みを向けた。
「この調子でどんどん行こー」
「次はわたしだね。何当たるかなー」
次にくじを引く瀬尾さんが、胸を高鳴らせているかのようなそんな表情を浮かべて紙を一枚とる。その紙を開くと1と書かれていて、その番号の巾着袋を受け取って中身を確認する。
瀬尾さんが取り出したのは、東雲さんが用意したプレゼントより一回りコンパクトな箱だった。
箱には商品のイメージ図や含まれている成分など細かく記載されている。
「これは……化粧水だね」
「あー。それ俺の用意したやつだ」
パッケージをを読んでその中身を理解した瀬尾さんに、俺は一歩前に出てそう言った。
俺が用意したのは化粧水。この時期は乾燥しやすく肌の保湿も気を遣うだろう。敏感肌にも優しい成分が含まれているので、これなら誰に当たっても文句は言われないだろうと思って、これにした。
「まぁ無理に使う必要もないからな」
「ううん、凄く嬉しい。ありがとう」
「そう言ってくれるなら用意した甲斐があったよ」
俺の一言に瀬尾さんは首を横に振って笑顔を見せて、俺の口元も安堵の笑みがこぼれた。
その後も歓喜や爆笑の渦に包まれながらも、順調にクリスマス交換は進んでいき、いよいよ俺の番となった。
「えっとー。あと残ってるクリスマスプレゼントは、平野さんと真司のやつだよな」
「真司のはちょっと引きたくないなー」
「いやいやいや。誰が貰っても恥ずかしくないプレゼント選んだから。いやマジで」
俺の次に控える斗真も眉尻を下げて苦笑する。
そう言われた真司は不服の訴えるかのように、顔を顰めた。
正直、真司のプレゼントが一番読めない。
本人はさっきああ言っていたが、実はネタに振り切ったプレゼントかもしれないし、本当に真剣に選んで結果ネタになったプレゼントかもしれない。つまりネタ。真司という人間を知っているからこそ、どう頑張ってもその結論にしか辿りつかない。
自身の最弱なくじ運に縋るような思いで、俺はくじ箱に手を入れる。迫られる二択に俺は迷いながらも、決めた一枚を引く。
引いた紙を開くと3と書かれていて、その袋を受け取った俺はゆっくりと中身を取り出す。
「これは……」
水色の無地に触り心地が柔らかいタオル地は、ハーフサイズ。左隅には桜の刺繍が施されている。これはどう見てもハンカチだ。
「おっ。それ俺の用意したやつじゃーん。言ったろ。誰に渡っても恥ずかしくないプレゼントって」
なっ。と真司は腰に手を当てて胸を張り、得意げに笑った。
斗真は俺の手にあるハンカチと真司に交互に視線をやって、
「なんかこう……真司がいざ普通のプレゼントを用意してたってなるとどうリアクションとればいいっていうか……無難すぎるっていうか……」
「普通でいいだろ!無難でいいだろ!ハンカチ実用性高いし!誰に渡ってもいいようなシンプルなデザインだし!」
反応に困った様子を見せた斗真に、わりかしショック受けた真司はたまらず抗議の声を上げる。
真司の普段の人間性からなんとなく予想していたプレゼントとは正反対の、無難で落ち着いたプレゼントだっただけに、全員が驚いたようだった。
普通のプレゼントを用意したのに、それでこんな反応されるのも逆に真司らしいというか。
「じゃあ逆に何用意すれば良かったんだよ」
「あれじゃない?自分のサイン入り色紙とか」
「それめちゃくちゃイタイやつじゃん!数年後に掘り返されて黒歴史になるやつ!てかみんなから見て俺ってどんな風に見えてんのよ!」
「「「「面白枠」」」」
「ひどい!」
揃った声で発せられた言葉に、真司は両手両膝をついて崩れ落ちる。こういう枠の人間がいるからこそ、いざというときの集まりは盛り上がるんだけどな。
「真司。ありがとうな。大切に使わせてもらうぜ」
「おう。ぜひそうしてくれ」
「さてさてー。残るは平野さんのプレゼントかー。何が入っているのやらー」
「ともえ。何用意したの?」
「えー。秘密秘密」
と、プレゼント交換は大いに盛り上がりを見せた。
☆ ★ ☆
「ハァ……」
少し外の空気を吸いたくなって、俺は外に出て天然芝に足を踏み入れていた。明かりが灯る部屋では今も盛り上がりを見せている。
「あれ、カッキーじゃん」
声がしたので振り向くと、コートを羽織る平野さんの姿があった。
「しっかし寒いねー。コート着なくて寒くないの?」
「ちょっと外の空気を吸いにきただけだからな。そんなに長くいるつもりないし。平野さんは?」
「わたしもそんなところ」
俺の隣に立って大きく伸びると、手を息を吐きかけてポケットに突っ込んで星を見上げる。
「それにしても盛り上がったねー。プレゼント交換。石坂くん、わたしのプレゼント喜んでくれたかな?」
「まぁあいつには多分いずれ必要になるものだと思うし良かったんじゃないか」
「ハハッ。そうだといいな」
平野さんが用意してたのは、初心者でもできる料理本。斗真も卒業すれば家を出るだろうし、そうなれば最低限の家事はできていなければだろう。
「ね、もし優奈ちゃんに今二人でいるところを見られたら怒られるかな?」
「怒るとしたらまず俺にだろうな。そのときは平野さんも弁明してくれ」
「わたしも優奈ちゃんに怒られるのは嫌だなぁ」
平野さんの問いかけに、俺は肩を竦めながら答えて、彼女も小さく笑う。
優奈が怒る場合、責め立てるよりも口を聞いてくれなくなるのだ。それだけはどうしても避けたい。
「あー。楽しかったー」
「結月様もきっと同じようなことを思っていると思います」
「うわぁっ!」
突然入ってきた第三者の声に、平野さんは身体を大きくびくつかせて思わず声を漏らす。俺も驚いた。
振り返ると、何度も俺たちを案内してくれたメイドさんがいた。黒を基調したメイド服と夜空が相まって完全に同化していて、彼女の白い肌がより一層強調されているようにも見える。
「驚かせるつもりはなかったのですが……申し訳ございません。柿谷様、平野様」
「いえいえ。あー……」
「申し遅れました。結月様のお世話係を担当しています。岩瀬と申します」
と、東雲さんのお世話係であり、俺たちを案内してくれたメイド――岩瀬さんはそう小さく会釈をしたのちスッと背筋を伸ばす。
初めて東雲家に来た俺とは違い、平野さんはそれ以前に東雲さんと交流があるから岩瀬さんのことは知っていると思ったが、自己紹介をしたということは互いに初対面だったということか。
「結月様はいつも皆様のことを楽しげに話されます。特に平野様、貴女のことを」
「え、わたし?」
「えぇ、初めてできたお友達ととても楽しそうに」
自身を指差した平野さんに、岩瀬さんはコクリと頷いたあと、クスッと小さく笑う。
「結月様は昔から人見知りが少々激しく、小中はお友達と呼べる方がいなかったのです。このままではいけないと思ったのでしょう、当時通っていた小中高一貫校から今の高校に編入すると、初めて自分の意見を述べられたのです」
「今の結月からは正直あまり想像できないですけど……」
「当時はそうだったのです。結月様には年が離れた兄が二人いらっしゃって、その二人が優秀でのちの東雲家の柱になるのも決まっていたので、結月様はのびのび育ってくれればというのが、当主様の考えだったのです。そんな結月様にとって二人は尊敬する兄でもあり、自分を卑下する存在だったのでしょう。それが相まっておそらく……」
裕福な家庭で生を享けることは、必ずしもいいことばかりではないということか。
「ですが現在の高校に編入しても、肝心の人見知りが突然変わるわけでもなく、一人で読書をする時間が多かったそうです。そんなとき平野様が声をかけてくださったようです」
「うーん。あのときのわたしなんて声かけたっけー?」
「部活に誘ってくれたと、そう言ってました」
「あー!そうですそうです!一緒に手芸部に入ろって声かけました!懐かしいなぁ」
「翌日からわたしに手芸を教えてほしいと結月様に言われて、勉強が終わったあとよく手芸を教えていました」
二人とも過去を懐かしむような遠い目を浮かべる。
「そこから文化祭の準備で帰りが遅くなったり、お友達の家で勉強会やお食事を楽しんだり、気がつけばお嬢様の人見知りはなくなっていました。結月様のお世話係になって十数年、これ以上の喜びはありません」
東雲さんと初めて話したのは確か文化祭の準備期間だったときだ。そのときは既に普通に話せていたはず。だからきっとそれは――
「そして今日、皆様の顔をこうして見ることができて良かった。結月様は素晴らしいご友人に恵まれたのだと。余計なお節介かもしれませんが、これからも結月様と仲良くしてあげてください」
岩瀬さんは最後に小さく頭を下げて、この場から去っていった。
「今の話を聞いて今すぐ結月を抱きしめたくなってきた」
「急にそんなことしたら何かあったんじゃって思われるんじゃないか?」
「大丈夫。いつもやってることだから」
「いつもやってんのかよ」
みんなのプレゼント一覧及び結果
結月→優奈 海外の有名お菓子
良介→梨花 化粧水
斗真→結月 ブックカバー(可愛い猫模様付き)
梨花→ともえ 入浴剤
優奈→真司 アロマグッズ
真司→良介 ハンカチ
ともえ→斗真 料理本
メイドの岩瀬さんは日常の身の回りのお世話は手伝っていますが、登下校は送り迎えなく基本徒歩で登校していますし、友達が遊びに来るときはよほどのことがない限り基本姿を見せません。
ともえが岩瀬さんと初対面だったのはそのためです。




