その気持ちって
テスト期間に突入した。
斗真と瀬尾さんも部活もテスト期間のため部活はしばらく休みとなる。
勉強会を行うのは俺の家。もはやお決まりである。斗真が言うには誘惑が少ないため集中できるとのことだ。褒められているのか、遠回しに部屋が質素と言われているのか分からない。
「おぉ。相変わらず綺麗なお部屋だねぇ」
「そりゃどーも」
部屋に入るや否や、斗真はソファーに座ってくつろぎ出した。「何しに来たんだ」と斗真に言おうとすると、
「斗真くん……なんで柿谷くんの家に来たのか……分かってるよね?」
瀬尾さんが笑顔を浮かべたまま、斗真に言葉を言い放った。
「り……梨花さん……?」
「そもそもこの勉強会をしようと言ったのは斗真くんだもんね。補習を回避して練習に参加したいんだもんね。だったらちゃんとやろうよ斗真くん」
「は……はい……」
瀬尾さんから溢れる黒いオーラに呑まれたのか、斗真は萎縮して小さく返事した。
「ごめんね。柿谷くん。毎度のこと斗真くんが無理言って」
「斗真は気分屋だからな。ノってるときは良いんだが、ノっていないときは散々だからな」
こういう面で瀬尾さんがいてくれるのは助かる。
「さて、やりますか」
斗真が気合いを入れるように言うと、教科書とノートを広げてペンを走らせる。瀬尾さんも黙々と勉強を始めた。
俺も化学基礎の教科書を広げて勉強を始める。
授業で習った化学式をもう一度見直して、ノートに書き写して覚えていく。
「良介。ここなんだけど……」
俺の名前を呼んでポンポンと肩を叩く。斗真が今勉強しているのは英語だ。
「あぁ、ここの問題はーー」
斗真や瀬尾さんに教えつつ、自身の勉強を行っているとあっという間に二時間が経過してしまった。
☆ ★ ☆
「疲れた……」
斗真がげっそりしたような顔で言葉を漏らす。
「まだ一日目だ。そんな急いでやる必要はないさ」
まだテストまで余裕はある。
無理に詰め込んでやるよりも覚えられる分を確実に覚えた方がいい。
「柿谷くん。ありがとう。わたしもすごく助かった」
「いや、俺の方こそ助かった。斗真をやる気にさせるのもけっこう苦労するのに、瀬尾さんが一言発したらやる気なってくれるからな」
瀬尾さんは斗真の尻を叩いてくれる。
今日も何度か「あー無理だー分かんねー」と、床に寝そべって文句を垂れていると、「斗真くん……口より手を動かそっか……」と笑顔で言っていた。
「今度からテスト勉強するときは、瀬尾さんも同行してもらうか」
「その案いいね。わたしも斗真くん勉強してるか心配だし。もしだらけていたら叱れるから」
「ちょっと二人とも……」
俺と瀬尾さんは軽く笑って、斗真は肩をすくめていた。
「それじゃあな。気をつけて帰れよ」
「おう。ありがとな」
「また明日」
二人を見送ってリビングに戻り、時計を見る。
時刻は六時を少し回った頃。今日は俺が当番なので、夕食の準備をしなくてはいけない。エプロンを身につけて、早速準備に取りかかる。
そろそろか?と思いながら野菜を洗っていると、インターホンが鳴った。
最近、優奈が来る時間を予想できてきている自分がなんか怖い。それもこの生活に慣れてきている証拠なのだろうかと思いながら、玄関のドアを開く。
そこには私服姿の優奈がいた。片手には袋を持っている。
「石坂さんと梨花さんは……?」
「さっき帰ってった。今から夕食作り始めるから、ちょっと待っててな」
「分かりました。お邪魔します」
最初のときのような緊張した面持ちはもうなかった。優奈はソファーに座り、俺は引き続き夕食の準備を始める。
「あの……良くん……」
「ん?」
ソファーに座っていた優奈が立ち上がってこちらに歩いてくる。
「どうした?夕飯の手伝いなら大丈夫だぞ?」
「いえ、そうじゃなくて……」
優奈は俺から視線を逸らすように下を向く。
ソファーの前にはテーブルを置いている。そこには優奈が持っていた袋が置かれていて、そこからは教科書がチラッと姿を見せていた。
「その……一緒に勉強したくて……」
そう言う優奈を見て、俺は思わずクスッと笑う。
「なんだ。だったら最初から斗真たちと一緒にやれば良かったじゃないか」
「それじゃダメなんです」
優奈が強い口調で否定する。それとは裏腹に不安げな影が顔を掠めていて弱々しい。
「良くんと二人で……勉強したいんです」
「まだ斗真や瀬尾さんとは……」
「いえ。梨花さんとは優しい人です。すごく仲良くしてくれます。石坂さんとはあまり話したことはありませんが、いい人だってことは分かります」
「だったら……」
別に苦手意識を持っているわけでもない。だったら断る理由が分からない。夕食の準備する手を止めて俺は考える。
「わたしも勉強会に行ってみたかったです。でも……良くんの家に梨花さんがいるって考えたら……
恥ずかしそうにしながら、優奈は言葉を紡ぐ。
瀬尾さんは斗真と付き合っているということは優奈も知っている。実際仲睦まじい姿を、彼女自身何度も目にしたことだってあるだろう。
「梨花さんは何も悪くないです。わたしが勝手にモヤモヤとした気持ちになっているだけなんです……」
自分でそう思うのもなんとなく気持ち悪いが、優奈は嫉妬してくれていたのだろうか。
「じゃあ……夕食食べ終わってから、一時間テスト勉強するってのはどうだ?俺も優奈が普段どんな勉強してるか知りたいし、それに……」
「それに……?」
「優奈ともう少し一緒にいたいっていうのもあるから」
優奈は一瞬驚いたように目を丸めるも、
「わたしももう少しだけ、良くんと一緒にいたいです」
優奈はそう言ってはにかんだ。その笑顔に俺は思わず息を呑む。急に見せる彼女の笑顔には一生慣れないだろうなと俺は思った。
「じゃあ食べ終わったら勉強しようか」
「はい」
優奈は嬉しそうにソファーへと向かい腰掛ける。その姿を後ろから眺めながら。俺は再び夕食の準備へととりかかった。




