東雲家の食事
パーティが始まって一時間が経過した頃。
夕食の時間になると、あのときのメイドさんが再び現れて、俺たちをダイニングテーブルまで案内してくれた。
白いクロスがかかった長卓には既に豪華な食事が用意されていて、どれもこれも目移りしてしまうほどに、見た目から食欲をそそられる。
席は自ずと男女が向かい合うような席順となり、各々テーブルについていく。
手元には見るからに高級そうなグラスが置いてある。芳醇な香りの赤ワインが合いそうだが、未成年の俺たちが飲めるわけもなくそれぞれが飲みたいジュースを注いでいく。
「一回やってみたかったんだよな。こういうの」
真司は薄い赤紫色の液体が注がれたグラスを手に取って軽く数回ほど回したあと、近づかせて香りを楽しんでいた。
赤ワインじゃなくてぶどうジュースというのが格好つかない。確かに色は似ているけども。
「それってお酒でやるから意味があって、ジュースでやっても意味は全くないんだよ」
「へぇーなんで?」
「空気に触れさせることでお酒を酸化させて香りが引き立つだけじゃなくてアルコールの角が取れて飲みやすくなるんだと」
ちなみに先ほど真司がやったグラスを回す仕草をスワリングと言うらしい。
「えっ、良介は酒のことまで詳しいの?怖っ」
「いやなんでだよ」
「だって未成年が普通そんなこと知らないはずなの……」
「もしかしてカッキー……」
「これまで一滴も飲んだことねぇよ」
何故かあらぬ疑いをかけられる羽目となり、俺はその疑いを真っ向から否定する。
以前、俺と母さんと優奈のご両親と一緒に食事をしていて、母さんと圭吾さんが酔い潰れてしまったときに希美さんからお酒の豆知識として色々と教えられ、今の言葉も希美さんの受け売りだ。
希美さんが言うには、知っておいた方がかっこいいしお酒をもっと楽しめるそうだ。それは希美さんが蟒蛇すら恐れる酒豪だからと言いたい。
「よーし。そろそろ乾杯しようぜー」
お酒の豆知識を披露したところで、クリスマスパーティを立案者である斗真がグラスを手にした。俺たちもグラスに手を伸ばして軽く持ち上げる。斗真は肺に溜め込めるだけ大きく息を吸って、
「メリークリスマスーッ!」
「「「「メリークリスマスーッ!!!!」」」」
皆の陽気な声が広々とした食堂に響き渡る。
グラスを交わす小さな音がしばらく鳴り響いたあと、各々グラスの液体を口にした。
「ローストチキンいただきまーす」
「クリスマスといえばローストチキンだよな。俺も食いたいから斗真とってー」
大皿に乗ったローストチキンのチキンレッグの部分を掴み、二人は大きな口を開けてかぶりつく。
「うっま!」
「肉柔らけー!」
クリスマスといえばの定番のローストチキン。口を揃えて味を絶賛した二人は、口元についたソースをナプキンで拭ったあと続けて二口目を頬張る。
食卓に並ぶ料理全て、東雲家に支える料理人たちが作ったらしい。見た目はもちろんのこと、味も斗真と真司の見れば言わずもがなだ。
俺もローストチキンを一つとって、口にする。
(ん。美味いな)
こんがりと焼き上がった皮はパリッと、お肉は驚くほど柔らかく仕上がっていて、口の中で溶けているのではと錯覚するほどだ。
優奈がクリスマスイブの日に作ってくれたローストチキンのようなはちみつの甘味や風味はしなかったので、おそらくは塩砂糖水を前日から漬け込んでいたのだろう。これもこれで味が締まっていて、一口食べれば止まらない美味しさだ。
「んー!美味しいー!」
「ほんとに!いくらでも食べられちゃう!」
向かいの席に座る女子たちは、ローストビーフに舌鼓を打っていた。
低い温度のオーブンでじっくり焼かれたであろうローストビーフは中までしっかり火が通っていて、美しいロゼ色に輝いている。しっとりでジューシーな仕上がりに満足げなご様子。
優奈もローストビーフを一口食べると、頬を緩ませて美味しそうに食べていた。
「ご飯はまだまだあるからたくさん食べてほしいの」
「もち!こんな豪勢な飯出されたらいくらでも食べられる!」
「あー。週一とは言わないからせめて月一でこの飯が食いたい……」
「食費で涙目になるぞ」
これは東雲家からのクリスマスプレゼントだなと思いつつ、俺はスープを取りに向かった。




