アップルパイと意外な人物
皆様
明けましておめでとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。
「おー。斗真の名前あるじゃん」
授業が終わって帰る流れで掲示板に立ち寄り、貼り出された順位表に名前を見かけた俺は、隣で一緒に見ていた斗真にそう声をかけた。
先週に行われた期末考査の順位表が張り出されていて、勉強会の成果が出たのだろう斗真は上位五十位以内に名を連ねていた。
先生曰く今回の期末考査は、範囲も広くどの科目も難易度をかなり引き上げたようで、平均点もあまり高いものではなかった。
そんな中で上位五十位以内に食い込んだことは十分評価に値する。
もちろん、この期末考査だけで評価が全て覆るわけではないので、これを維持できるよう引き続き頑張らなければいけないわけだが、この結果は斗真としても十分な自信になっただろう。
「こうして順位表に名前載ったの、久々な気がする」
「確か一年の最初のテストは名前あったよな」
「そうそう。それ以降順調に順位落としてったんだよ」
「これぐらい勉強すれば今回みたいな結果は残せるってことは証明されたからな」
やる気になれば上位になれるだけの学力を持っている斗真だ。ここからそのやる気が長続きしてくれれば、学力だってさらに向上するしそうなれば斗真の第一希望の大学も合格圏内に入ってくるはずだ。
だが、やる気になることと調子に乗ることは全く違うので、浮かれ調子で勉強すると痛い目を見るだろう。その点に関しては瀬尾さんがいるから問題はないか。
「ハハッ。まぁこの調子で引き続き頑張るわ」
斗真は爽やかにそう言った。
「そろそろ行くわ。優奈待たせてるし」
俺は肩に担いでいた鞄を持ち直す。
俺たちより早く、優奈と瀬尾さんは期末考査の順位表を見に訪れていて、二人の姿はもうない。瀬尾さんも部活に向かっただろうし優奈も一人でいると思うので、これ以上待たせるわけにはいかない。
「そういや天野さん、今日は朝からやけに機嫌が良さそうに見えたんだが、何かあったのか?」
「優奈の行きつけのお店に冬限定の新作が出てな。放課後にそれを食いに行こうって話したからだと思う」
「えー。羨ましい。俺も行こっかな」
「斗真は部活があるだろうが。寒いだろうけど頑張れよ」
「ありがと。また明日な」
斗真と言葉を交わしたあと、俺は階段を降りて昇降口へと向かう。靴を入れ替えて冷え切った空気が出迎えてくれる中、校門前には優奈の姿があった。
「お待たせ」
「いえ。わたしもついさっき着いたところですから」
優奈はそう言って柔らかく微笑んだあとに、そういえば、とその続きを口にする。
「期末考査の結果、石坂さんの名前があって良かったです。勉強した甲斐がありましたね」
優奈も斗真の名前が載っていたことは知っていたようで、斗真の頑張りを讃えた。
「まぁこの先どうなるかは斗真次第だな」
斗真のテスト結果の話題もほどほどにして、俺と優奈は優奈は一緒の歩幅で歩き出した。
☆ ★ ☆
学校から徒歩で約二十分ほどの距離の場所に、優奈の行きつけのスイーツのお店――belleがある。
優奈が持ち帰りで買ってきてくれたスイーツを食べたあとも、優奈と何度か訪れたことがある。常設メニューはもちろん、毎年季節ごとに新作メニューも販売していて、それがどれもSNS映えするほど可愛らしく、そして美味いのだ。
引き戸を引いて店内に足を踏み入れたその先は、お洒落な内装が出迎えてくれる。
「良くん。これですこれ」
ショーウインドウまで足を運ぶと、優奈が弾んだ声で目当てのものを指差す。
網状のパイ生地に覆われたそれは三角に切られて、断面からは果実が顔を覗かせている。
これが今日、優奈が目当てで訪れた冬限定のスイーツ、プレミアムアップルパイだ。
「やっぱ結構売れてんのな」
ショーウインドウに並んでいる他のスイーツと比べると、プレミアムアップルパイだけ残り僅かな状況。数量限定で追加で作ったりすることはしないそうなので、改めて別日にまた訪れるなんてことも覚悟の上だったが、タイミング的にはギリギリセーフだったようだ。
「すみません。プレミアムアップルパイ二つ、あと飲み物はコーヒーとオレンジジュースで。店内でお願いします」
会計を済ませてしばらく待っていると注文の品が届いたので、それを持って俺たちはテーブル席へと移動する。
「美味しそう……いただきます」
フォークでアップルパイを一口サイズに切った優奈が小さく口を開けて口にする。味わっていた優奈の目元と頬が徐々に緩んでいき飲み込むと、こぼれ落ちそうになった頬を手で押さえた。
「良くん。すごく美味しいですよ」
「だろうな」
優奈の幸福感に満ちた表情を見れば分かる。それを間近で見れただけで、今日ここにきた甲斐があったというものだ。
見た目は普通のアップルパイとあまり変わらない王道スタイル。俺もフォークを落として、アップルパイを口に放り込んだ。
「ん、美味い」
サクサク食感のパイ生地と蜜が詰まって甘味がありながらもほのかな酸味も感じられるりんご。そこにバターやシナモンの甘い香りと味が相まっている。
りんごもちょうど旬の時期を迎えているのもあるのだろう。アップルパイの主役であるりんごがの実がぎっしりとしていて非常に食べ応えがあって、俺と優奈の皿にあったアップルパイはあっという間になくなってしまった。
俺は口に残る甘味と酸味をコーヒーの苦味で打ち消す。
「追加で何か食べようと思うんですけど、良くんも一緒に行きますか?」
「いや。俺はいいよ。てかあまり食べ過ぎるなよ」
「わ、分かってますよ」
俺はそう口にすると、優奈は頬を僅かに赤らめながら慌てて言う。
今日のために日々の運動に加えて、好物の甘いものも制限していた優奈。俺が言わずとももちろん分かっていると思うが、一応警告だけ出しておく。
ショーウィンドウに向かっていく優奈の背中を見つめたあと、心地よい音楽に耳を澄ませながら俺は口にしていたコーヒーを口に含む。
ただぼんやりここで時間を潰すのももったいない。優奈が戻ってくるまでの間持参している参考書でもやっていようと思い参考書を取り出したときだった。
一人の男性が、この店に訪れた。
座っていた席がちょうど出入り口のドアから近かったので、視界によく入る。
その男性は見覚えのある人物で。その男性も俺の姿に気がついて僅かに驚いた素振りを見せながらも、
「お久しぶりですね」
いつも通りの表情へと戻って、その男性――宮島教授は俺にそう言った。




