目利き
区切りのいいところで勉強を切り上げた俺たちは、買い出しのためスーパーに訪れている。
そこまでの道中で、各々が食べたいものを挙げていき話し合った結果、今晩の鍋は鮭鍋に決まった。
鍋の準備は主に優奈と瀬尾さんが行うが、鮭鍋だけだと満足しなさそうな若干一名いるので、俺も鮭鍋にそのまま突っ込めるような何かを適当に作ろうかと考えている。
「まずは野菜から買いましょうか」
優奈は慣れた手つきで白菜、長ねぎ、人参などを目利きして俺が持つ買い物かごに入れていく。
最近の買い物スタイルはこんな感じで、食材選びは基本優奈に任せていて、俺は荷物運びに徹している。
一人で目利きしながら買い物していた頃に懐かしさと寂しさを覚えることもあるが、優奈の買い物姿を間近で見られる眼福感と幸福感の方が大きい。
「天ちゃん。野菜の目利きってどうやって判断してるの?」
食材を選んでいる優奈の隣に並んだ瀬尾さんが、そう話しかける。
そうですね、と優奈は一度買い物かごに入れた白菜を取り出して解説を始める。
「例えばこの白菜は手秤で他よりも重かったのでそれだけ身がずっしりしていますし、葉っぱの色や葉脈もこれが一番綺麗だったんです。長ねぎは白と緑の境目がはっきりしているのと、白い部分の巻きがしっかりしているかどうか、こんなところですね」
「そんなところまで見て食材選んでるんだ」
「最初は難しいかもしれませんが、徐々に見て判断できるようになっていきますよ」
優奈と瀬尾さんが食材の目利きについて談義を交わしているなか、いつの間にか斗真が俺の隣に現れてこう呟く。
「目利きなんてできるもんなのかね」
「一人で買い物するようになったらこうなるさ」
「そんなもんかね」
こういうのは慣れと経験なのだ。
それに目利きができるようになってくれば、ただの買い物が少し楽しくなったりする。美味しいご飯はいい食材と言うものだ。
「目利きする天野さんって新妻って感じするな」
「急に何言い出しやがる」
「変な意味で言ったわけじゃないぞ。一緒にいたらそんな風に見えるときくらいはあるだろ。ふとした仕草とか行動にときめいたりとか惚れ直したとか」
訝しんだ表情で見つめる俺に、斗真はそう弁解を図ったあと、言葉を続ける。
ここで突っぱねたりして逆に面倒くさくなるほうが厄介なので、俺は小さく息をこぼしたあとこう答えた。
「……あるよ」
「へぇ。例えば?」
「それは言わない」
「ちぇ。つまんねー」
とりあえず斗真から聞かれた質問については答えたので、ここから先は絶対に言わない。
いつも下ろしている髪を一つに束ねてエプロンをして料理をしている姿とか、幼さが残るあどけない寝顔とか、俺が眠っていて目を覚ましたときに視界に入る優しくて穏やかな笑顔とか。
数えたらキリがないくらいには、優奈にときめいているだろうし惚れ直している。その度に、俺は優奈が好きなんだと自覚している。
「何話していたんですか?」
目利きの談義が終わった優奈が解説に使用していた白菜と長ねぎを買い物かごに戻したついでに、そう問いかけてきた。
「いや。特に大したことは。そっちも終わったのか?」
話していた内容が内容なだけに、優奈にはそれを伏せておく。
「はい。では、残りの他の具材や調味料とか、あとメインの鮭も買いに向かいましょうか」
「おう」
優奈と瀬尾さんが先を歩き、俺と斗真が後ろを歩く。すると、斗真が俺だけに聞こえるように声を発する。
「良介。天野さんのこと大事にしてんだな」
「それはもちろん大事にしてるけど……なんで?」
「だって天野さんのこと何も言わないから。自分しか知らないことにしておきたいんだなって思ってさ」
そう言って、斗真は爽やかに微笑む。
こういうときの斗真の勘はなんで鋭いんだよ、と心の中で呟いた。




