宣戦布告
体育祭が終わってようやく一息……と言いたいところだがそう甘くはないのが高校生活。もう少ししたら一学期の集大成である期末考査。そして運動部に所属する三年生にとっての最後の大会、高校総体が始まる。
そうは言っても俺は部活にすら入っていないため高校総体は関係ない。俺はペンを回しながら授業を聞いていた。
「ーーここ、期末考査に出るぞ。覚えておけよ」
数学の担任の先生が黒板をコンコンと叩いた。
俺たちはその数式をノートに書きこんでいく。授業を終えるチャイムが鳴り響き、先生は教室を出て行った。
掃除を終えてそのまま帰ろうと思っていると、
「良ちゃん」
「良ちゃんって呼ぶな」
そう呼ぶのは隣の席に座る斗真である。
「期末考査。一緒に勉強しようぜ」
「なんか中間テストのときもこんな流れだったな」
「頼む!期末で赤点取ろうもんなら補習は免れない!補習を受けるということは、つまり練習に出られなくなる!先輩たちに迷惑かけたくないんだよ!この通り!」
「いいよ。別に断る理由もないし、斗真にも頑張ってもらいたいからな」
「助かる!」
斗真はどうやら準レギュラーの位置にいるらしく、その日の調子によってはスタメン出場もあるらしい。ゆくゆくは青蘭高校の中心選手として活躍するだろう。そんな選手が補習で練習出られませんじゃ、お話にならない。
「あ、ついでに梨花も呼んでいい?」
「瀬尾さんも?」
「おう。どうせなら多い方がいいだろうし。迷惑だったか?」
「いや、構わない。場所は……聞くまでもないな」
「物分かりが早くて助かるぜ。お礼になんか今度飯でも奢ってやる」
☆ ★ ☆
掃除を終えて、俺は廊下の窓から外を眺める。
「雨かよ……」
先ほどまで雲行きは怪しかったが、雨は降っていなかった。しかも不運なことに傘を忘れてくるという非常事態。天気予報では雨は降らないと言っていたので、それを鵜呑みにしてしまった。
登校時、優奈に「傘、持って行かなくていいんですか?」と聞かれたが、「大丈夫大丈夫」と言っていた俺を殴りたい。
しばらくして、優奈が掃除から戻ってきた。
俺たちはそのまま校舎を出る。
「雨、結構酷いですね」
「あぁ、悪い。俺今日走って帰る」
「あ、ちょっと待ってください」
鞄で頭を隠すようにして帰ろうとする俺を、優奈は呼び止める。彼女は鞄からあるものを取り出した。
「折り畳み傘です」
「え……でも今日傘持ってきてたよね?」
「何かあったとき用の予備です。これで一緒に帰れますね」
「助かる」
優奈から借りた折り畳み傘を広げて、俺たちは帰路に着いた。
道路にできた水たまりを避けて俺たちは歩いていく。一応俺が車道側を歩いているが、車からの跳ねた水飛沫から優奈を守れる自信はない。
「もう少しで期末考査だよな」
「そうですね。次こそは負けませんよ」
期末考査。という言葉を出した瞬間、優奈の雰囲気が少し変わった。
学校にいるときは成績優秀スポーツ万能、物静かで品のあるお姫様。俺といるときは心を開いてくれたのか、少しだけ甘えてくるようにもなった。そして少し世話焼きという点も登下校や休日を一緒に過ごすことによって見えた一面である。
そして見かけによらない負けず嫌いなのだ。
体育祭のときは分からないが、どんな勝負にせよ自分が負けると少し拗ねてしまう。逆に勝てば、嬉しそうに喜ぶのだ。
「優奈ってテスト勉強とかどうしてるんだ?誰かと一緒にやったりとか?」
「いえ。一人でやってます。自分のペースでできますし、そっちの方が集中できるので」
優奈は自分から一緒に勉強しよう!というキャラではないし、その雰囲気から誘いづらいというのもあるのだろうか。
「良くんも一人で勉強されるんですか?」
「いや、斗真と瀬尾さんの三人でやる予定だ」
「……そうですか」
優奈は表情を曇らせて消え入りそうな声で言った。その横顔ですら美しく写ってしまうのは、彼女の生まれ持ったその美貌のおかげだろう。
「もし優奈さえ良かったら一緒にやるか?」
「いえ。今回は遠慮しておきます」
しばらく考えたあと、優奈は首を横に振った。
「そうか。もし分からないところあったらいつでも聞きにきていいからな」
「随分と余裕がおありなようですね」
「一応、中間テスト一位だからな」
彼女の表情がほんの少しだけ緩んだのを確認して、俺もホッとする。
「今度こそ一位はいただきます」
「臨むところだ」
優奈の宣戦布告を受け取って、俺たちはアパートへと帰っていった。




