三者面談と美人姉妹
「――では良介くんの第一志望は、変わらず筑江大学ということですね」
「はい」
担任の言葉に、俺は力強く頷いた。
昨日から三日間に分けて、俺たち二年生は今後の進路についての三者面談を行なっている。
もう進路を固めている者。進むべき方向性がまだ定まっていない者。各々が抱える思いをそろそろ形にしてそれに向けて頑張っていかなければいけない時期に差し掛かっている。
向かいには担任の先生が書類に目を通しながら話を進めていて、俺の隣には上品で清潔感のある服装の母さんが座っている。
「分かりました。二週間前に行った全国模試でも良介くんはA判定でしたし、第二、三希望も合格点は満たしていましたので、このままの成績を維持できれば十分に合格できると思います」
「そうですか」
「学校生活の面も、担任のわたしから見て良介くんは真面目で成績も優秀ですし、授業態度も良いです。人間関係で困っている様子も見受けられませんし、充実した学校生活を過ごせていると思います」
特別悪いことを言われることもなく、進路の件も問題なし。その後も滞りなく話は進んでいった。
「――わたしからは以上です。最後に親御さんから何か質問等はございますか?」
「いえ、特にはありません。息子が元気に学校生活を過ごせていることを聞けて安心しました」
「分かりました。それではこれで三者面談を終わらせていただきます」
「ありがとうございました」
頭を下げた母さんに遅れて、俺も「ありがとうございました」と小さく身体を前に倒してお辞儀をすると、俺たちは立ち上がって教室を出た。
俺たちと入れ違いで、別の生徒と親御さんが教室へと入っていく。
「おっ」
待機用に用意されていたパイプ椅子に優奈が腰掛けていて、気がついた俺は思わず声を漏らす。
「優奈ちゃん。久しぶりね、元気だった?」
「お久しぶりです、お母様。お陰様で元気に過ごしています」
優奈と話すときはいつもよりも声のトーンが上がって弾み声になる母さんだが、場所が場所なのと壁を挟んだ先で大切な話をしているのもあって、今は落ち着いた声音を発している。
優奈も和やかな笑みを浮かべて、母さんと会話をしていた。
「良くん。三者面談どうでしたか?」
「ん?まぁ引き続き頑張れって感じかな」
「良くんの学力ならこのままいけば危なげないですもんね」
「ていうか、優奈は三者面談はどうするんだ?」
ドイツで暮らしている圭吾さんも希美さんも三者面談のためだけにドイツから戻ってくるとは考えにくい。
いや。希美さんはともかく、圭吾さんなら愛娘のためならと仕事を無理にでも終わらせて飛んできそう感がある。
「今日は明美さんが代わりに来てくれるので問題ないですよ」
「明美さん?」
「お母さんの姉です」
聞けば、明美さんという人は事前に希美さんから優奈の希望の大学や学力もある程度は聞かされているらしい。そうは言っても、優奈が基本的に話を進めて、明美さんはあくまで付き添いと補助的な役割だそうだ。
「良介。わたしはそろそろ帰るわね」
「あぁ。玄関まで送ってくよ」
「優奈ちゃん。家はいつでもウェルカム状態だからまたいらっしゃいね」
「はい。またお伺いさせていただきます」
最後に優奈とも言葉を交わした母さんと共に、俺は階段を下りて、玄関まで向かう。
「さて、すぐ戻らないと」
母さんが時間を気にして、腕時計に目をやる。
「仕事、忙しいんだ」
「うん。この時期はどうもね。病気も流行ってきているから休む子も増えちゃってその穴埋めもしないとだし……」
「そうか……」
「なになに。母さんのこと心配してくれてるの?」
「まぁ……心配はしてる。あと午後から休み取ってたら、今日は優奈と三人で夕飯でもどうかなって思ってただけ」
今もこうして母さんには進路のことで気苦労をかけている。ただですら一人暮らしさせたもらっているのだから、こういう時ぐらいは一緒に過ごせればいいと思ったのだ。
「息子が母親の心配するなんて百年早いわ。良介が思ってるより母親は何倍も強いものなのよ。夕飯の件は……また学校が休みになって落ち着いたときにでも戻ってきて一緒に食べましょ。もちろん、わたしが家に行ったときは良介の手料理ね」
「へいへい」
そう。俺が思ってるよりも、俺の母さんは強い人なのだ。酒に酔ったときは別の話だが。
当分の間は、少なくとも俺にそんな姿を見ることもないだろう。
「それじゃあ体調に気をつけて過ごすのよ。優奈ちゃんにもよろしくね」
「あぁ、母さんも」
背を向けて駐車場へと向かう母さんの姿を、俺は見送った。
☆ ★ ☆
母さんを見送った俺は、優奈に図書室で待っていると伝えるため、再び一組の教室に向かっていた。
そう時間は経っていないため、まだ優奈の順番まで回ってきてはいないだろう。
階段を登りきって教室が続く廊下へと向かう。一組の教室前に用意された椅子には、優奈の他にもう一人、女性が座っていた。
そのまま歩いていると、初めに優奈が俺の姿に気がつく。それを見た女性が続いて俺を見た。
「良くん。どうされたのですか?」
「いや、図書室で時間潰してるから終わったら来てって伝えにきただけ。えっと、隣にいるのが……」
「はい。明美さんです」
容姿は希美さんに似て美人。目元も柔らかく雰囲気も穏やかな印象を与える。姉妹揃ってこれだけ人目を引く端正な顔立ちなんて、希美さんの家系の遺伝子はどれだけの美男美女なのか。
「話は希美や優奈から聞いています。希美の姉の明美です」
「初めまして。柿谷良介と言います」
「ふふっ。そうかしこまらなくても大丈夫よ。どうか楽にしてくださいな。わたし自身、堅苦しい雰囲気は苦手だから」
「わ、分かりました」
最初の礼儀正しく発せられた美声に背筋が伸ばされたのだが、それを見透かされたのか肩の力を抜いてくれと、口元を緩めながら言われた。
「優奈。彼が言っていた噂の彼氏くんね……」
「はい。そうですけど……」
「すっごく素敵じゃない。キリッと来た目元に長すぎない清潔感を感じさせる髪。制服も着崩すことなく着こなしてる。一目見ただけで分かるわ。あなた、男前って言われるでしょ?」
「あまり言われた記憶がないんですけど……」
「あらそう?優奈、いい彼氏をゲットしたじゃない。ちなみに聞くんだけど優奈のどこが好きなの?人間性格が大事とか言うけどやっぱり顔?優奈はわたしや希美よりも美人さんだものね。特にこの大きい瞳。こんな目で見つめられちゃったらわたしなら尊死しちゃう。それとも手料理?この子の料理は本当に美味しいのよ。それで胃袋掴まれちゃった?どうなの?どうなの!?」
……なんか思っていたのと違う。
容姿は美人姉妹で瓜二つと言っても過言ではないのだが、性格はまるで対極だ。
物凄い勢いでどんどん質問してくるし、しかもどんどん前のめりになってくる。
一つ分かるのは、この人も優奈のことが大好きということだ。優奈のことが大好きだからこれほど熱く語れるし、実の娘でなくてもわざわざ時間を割いてこうして三者面談に訪れたのだろう。
「全部、ですかね。顔も性格も声も料理上手なところとかまだまだたくさんありますけど、挙げたらキリがないくらい、その全てが優奈の好きなところですかね」
質問に対してそう答えた俺を、優奈は見る見る顔を赤く染め上げて、明美さんは上がる口角を両手で隠していた。
「ありがとありがと。きみの優奈に対する愛はしっかり聞かせてもらったよ。優奈や希美から聞いたときは正直半信半疑だったけど、今の言葉と目は本物だ。わたしはきみを認めるよ」
「は、はぁ。ありがとうございます」
これは明美さんから認められたということになるのだろうか。そもそもの話、認められる必要があったのか。
「天野さん。どうぞ」
「はーい。優奈。いきましょう」
「――」
優奈の頬は以前赤く染まったまま、無言で立ち上がって明美さんと共に教室へと入っていった。




